内田雅也が行く 猛虎の地(20)甲子園球場 夢を見る、幸せが待つ野球場

[ 2019年12月28日 08:00 ]

1950年8月、超満員の甲子園球場=阪神球団『タイガース30年史』(1964年3月発行)より=
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【(20)甲子園球場】

 春真っ盛りの日曜日で快晴、甲子園球場には人波が押し寄せた。1949(昭和24)年4月24日、阪神―巨人シーズン初対戦のダブルヘッダーはプロ野球始まって以来の大観衆となった。

 スタンドは超満員。球場はラッキーゾーンにも観客を入れたが、それでも観客は詰めかけた。

 第1試合の5回裏、ついにグラウンドの一、三塁側ベンチ横まで観客があふれた。公式記録に午後2時20分から28分間、試合中断とある。兵庫県警鳴尾署員約30人がロープを張るなど整理にあたり、進駐軍兵士が空砲を撃って騒乱を鎮めた。球場によると「観衆9万人を超えた」としている。

 翌日のスポニチ本紙は1面で「甲子園未曽有の大観衆 グラウンドに波状攻撃」と見出しをとり、阪神ベンチ横まで観衆があふれた写真を大きく掲載している。

 データベースの写真を拡大して見れば、ベンチ横の人びとの多くが笑顔でいる。特に丸刈り頭や学帽をかぶった少年たちが目立つ。その目は輝いているではないか。

 <野球狂時代と言えば確かに、野球黄金時代が到来した感がある>と阪神監督兼投手・若林忠志が同年12月25日発行、自身監修の雑誌『ボールフレンド』に書いた。プロ野球創設36年から在籍する者として<終戦前、否、プロ野球の草分け時代を想起すると感無量なものがある>。

 「ショーバイニンの野球」「職業野球」と卑下されたプロ野球が脚光を浴びていた。物も食糧もない時代、人びとはプロ野球に夢を託していた。

 若林は終戦翌年の46年に「戦後、子どもたちの目の輝きが違ってきていた。この子どもたちは宝だ」と語っている。

 終戦時、青森で9歳だった劇作家・寺山修司は<一日として野球をしなかった日はなかった>と書いている。<まだ街のあちこちに空襲の焦土が残っている広場に、私たちはゴムのボールを一つ、ポケットにしのばせて集まってきた>。66年、月刊誌『文藝春秋』に寄せたエッセー、その名も『野球の時代は終(おわ)った』である。

 寺山はキャッチボールなど「する野球」が終わりを告げ、テレビなどで「見る野球」ばかりになったと指摘していた。

 「野球の危機」が叫ばれて久しい。寺山の嘆きから半世紀以上、近年、小中学生をはじめ野球人口の減少が著しい。一方で、今年、プロ野球の観客動員は2653万6962人(1試合平均3万929人)で実数発表となった2005年以降でセ・パ両リーグとも最高を記録している。寺山の指摘は予言のようだ。

 ただし「新時代」という見方もできる。するのも見るのも野球一辺倒ではなくなり、趣味や娯楽が多様化するのは、むしろ健全な成り行きではないか。問題は、人びとは野球に何を求めているのか、野球は何を提供できるのかである。

 目指すのは、戦後から昭和にかけて見られた野球場である。

 後楽園球場についてNHKアナウンサー・志村正順は<野球ファンの球場へ急ぐ気持ち、時間は十分あるけれど、まわりの急ぎ足につられて、思わず自分の足も早くなる。(中略)しまいには走りだす>とラジオ実況した。雑誌『野球少年』(芳文社)47年12月号「誌上録音放送」にある。

 新資料、新証言が盛り込まれた元巨人球団代表・山室寛之の『プロ野球復興史』(中公新書)のオビには<野球界も日本も、もっとも元気だった頃><昭和とは、日本人すべてが白球に夢を託す時代だった>とある。

 昭和について作家・重松清は自伝的な『娘に語るお父さんの歴史』(ちくまプリマー新書)で、父親に語らせている。「いまがたとえ不幸でも、未来には幸せが待ってると思えるなら、その時代は幸せなんだよ」

 生きづらい世の中である。夢や希望を売るプロ野球に期待したい。

 球団創立85周年を迎える阪神は歴史に学びたい。戦後、若林は自費で「タイガース子供の会」を立ち上げ、機関紙「少年タイガース」を発行し、野球教室を開催した。全国各地の施設を慰問して回った。活動を再評価した球団は2011年『若林忠志賞』を設け、社会貢献活動を奨励する。ファンサービス、地域密着、慈善活動……で人びとに寄り添いたい。

 オーナーも球団社長も監督も選手も……もちろん勝利、優勝を目指すのだが、そんな目標の前に目的がある。甲子園球場に向かう人びとが思わず早足になり、試合を見れば明日への希望が湧く。タイガースはそんな野球を目指したい。

 迎える2020年がどうか良い年でありますように。甲子園球場に願いを込めた。=敬称略=(編集委員)=終わり=

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