楽天・今江 目の病に不安消えず…今後は若手育成に注力

[ 2019年12月8日 10:00 ]

決断2019 ユニホームを脱いだ男たち(8)

引退式で胴上げを受ける今江(撮影・西尾 大助)
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 10月中旬。楽天・今江は仙台を離れ、都内の自宅に戻っていた。幸子夫人からふと声を掛けられた。「もう、いいんじゃない?」。踏ん切りがついていなかっただけに、返す言葉が見つからなかった。そこから一人で自室にこもった。約40分後、リビングで決意を伝えた。「やっぱり引退するよ。もう決めた。今まで支えてくれて本当にありがとう」。苦渋の決断に、妻は穏やかな表情で「お疲れさま」とねぎらってくれた。

 「目の病気さえなければ、まだやれる自信はあったけど、やっぱり目のことがね…」

 キャンプイン直前の今年1月末、右目に異変を感じた。「焦点が合わなくて、物がゆがんで見えるんです」。診断は「右眼球中心性漿液(しょうえき)性脈絡網膜症」。原因は不明だった。症状が改善した5月4日に1軍に昇格するも、交流戦終盤の6月下旬に再発した。7月2日、敵地でのソフトバンク戦。ドーム内の照明が、今江の視野をさらに狂わせた。同4日に出場選手登録を外れて以降、5カ所の眼科を立て続けに受診した。

 どの病院でも明確な治療法がないと言われたが「やれることは全部やりかたった」。網膜にたまった水を出すためにレーザーを照射し、眼球に直接注射も打った。効果がある保証はないと知っていても、わらにもすがる思いだった。10月初旬、コーチ就任を打診された。「最初は他球団でのプレーも模索したけど、やっぱり目の再発のリスクが頭から離れなくて。それなら、違う形でチームに貢献しようと」。不安が消えることなく引退という結論にたどり着いた。

 11月24日の引退セレモニー。愛する夫人と長男も駆けつけた。胴上げで背番号と同じ8度宙に舞った。仲間が涙を流してくれた。「本当は引退試合をやってほしかったし、正直もやもやしたものはあった。でも、あのセレモニーで全てがすっきりした。人生で一番満たされた時間でした」

 育成コーチとして指導者のキャリアをスタートさせる。「ロッテの日本一のパレードの景色を鮮明に覚えている。頑張った先には良いことが待っている。それを経験させてあげたい」。今は新たな使命に燃えている。(重光 晋太郎)

 ◆今江 敏晃(いまえ・としあき)1983年(昭58)8月26日生まれ、京都府出身の36歳。PL学園では00年夏の甲子園に出場。01年ドラフト3巡目でロッテ入団。06年には第1回WBCのメンバーに選出され、初優勝に貢献。05、10年の日本シリーズはいずれもMVPを獲得。15年オフに海外FA権を行使して楽天に移籍。通算成績は1704試合で打率.283、1682安打、108本塁打、726打点、32盗塁。1メートル80、89キロ。右投げ右打ち。

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