金田さんに言われた言葉で…鈴木啓示氏「絶対見てろよ」牛島氏「そういう感覚で勝っていたのか」

[ 2019年10月7日 06:15 ]

金田正一さん死去

巨人時代の金田正一投手=1969年10月
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 【金田さんを悼む】

 ▼鈴木啓示氏(スポニチ本紙評論家)本当に寂しい。近鉄入団1年目で選んでいただいたオールスターゲーム。大阪球場で金田さんのもとへ足を運んで「スローカーブを教えてください」と頼んだが「ここはクラブ活動と違うぞ。教えてほしいのなら、金持ってこい」と言われたことを思い出す。絶対見てろよ、あの人よりいいカーブを投げてやる、と思いながらやってきた。この世界は与えてもらう世界じゃなく、自分でやる世界、盗まなアカン、というのを言いたかったんだろう。あの一言が今日の自分をつくってくれた。よく走って、よく練習した鍛錬の人。名球会発足当時も自分以外は一回り以上、年上の人ばかりだったが、とてもかわいがっていただいた。今は感謝の気持ちしかない。

 ▼吉田義男氏(元阪神監督)一時代を築いた大投手でした。昨年1月にお目にかかったのが最後になりました。私は身長が低かったけど高めの球が好きで、上から投げ下ろしてきたカネさんの速球を打ち返したのを覚えています。寂しい。ご冥福をお祈りいたします。

▼野村克也氏(元楽天監督)通算400勝は不滅の記録。その大記録を支えたのは食事と練習だろう。私も大食いで有名だったが、金田さんにはかなわなかった。練習でも、とにかく走った。プロ野球史上、最も走った人ではないか。私もロッテで1年間(1978年)、選手と監督の立場でお世話になった。自分に厳しかった分、選手にも厳しかったことをよく覚えている。

 ▼高木守道氏(元中日監督)私が中日に入団してすぐ対戦したが、この若造という感じで軽くあしらわれた。とにかく凄い投手。あのカーブを打たなければいけないと思い、必死で練習した。

 ▼中利夫氏(元中日外野手)真っすぐをビュンビュン投げて時折カーブが来る投手。いつも力いっぱい投げていた。とにかく1点を取らせたくないという姿勢だった。

 ▼牛島和彦氏(スポニチ本紙評論家)金田さんが(第2次政権で)ロッテの監督だった頃は、肩を痛めていて戦力になれなかった。それが残念です。一緒にいた時間は少なかったですが、投球フォームについて「懐を深く、遊び心を持って」と言われたことがある。力まない、ということ。金田さんはそういう感覚で勝っていたのか、本当に凄いな、と思ったことを覚えています。

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