日本ハム・田中賢介 札幌Dでは06年Vが「一番」、移転3年目北海道初の歓喜

[ 2019年9月26日 13:40 ]

2006年、プレーオフで左前打を放つ日本ハム・田中賢
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 【賢介メモリーズ5】今季限りで現役生活に別れを告げる日本ハム・田中賢介内野手(38)がパ・リーグの各球場の思い出を語る「賢介メモリーズ」。最終の第5回は札幌ドームだ。北の大地で酸いも甘いも経験し、日米通算1500安打を放つ選手にまで成長。26日からはラストプレーとなるオリックス2連戦で、27日の試合後には引退セレモニーが行われる。

 喜び、悔しさ、もどかしさ…。福岡のやんちゃな高校生がプロの世界に飛び込み、北の大地でさまざまな経験を積んで大きく成長した。多くの思い出が残る札幌ドームでの「一番の思い出」に、田中賢は自身がレギュラーに定着して北海道に最初の歓喜をもたらした、あの瞬間を挙げた。

 「やっぱり2006年の北海道での初優勝ですね。札幌ドームでファンの方々が凄く喜んでくれた。本当にメンバーが凄かったし、強いチームでした」

 04年に東京から本拠地を北海道に移転。当時は「何でわざわざ東京を出るのか?」という声も多かったが、球団の英断に選手も積極的な地域密着活動など全面的に協力。ファンの後押しも受け、移転3年目に歓喜の瞬間を迎える。

 レギュラーシーズンを1位で通過したチームは、06年10月12日のソフトバンクとのプレーオフ第2ステージの第2戦。アドバンテージの1勝も含めてリーグ優勝に王手をかけて臨んだ試合で、0―0の9回に稲葉(現球団SCO)がサヨナラの内野安打を放った。同年に二塁の定位置を奪った田中賢も「2番・二塁」で先発出場して2安打。全身で感じた興奮、喜びは鮮明に覚えている。

 プロ20年目の集大成のシーズンは残り2試合。栗山監督は「野球界に尽くしてくれた人を良い形で卒業させてあげるのが我々の責任」と語る。日本通算1500安打まで残り3本となっている状況について振られ「できる限りのこと(協力)はする」と打席に多く立たせるために上位での先発起用も示唆した。

 既にチームは5位が確定しているが、引退試合の9・27は一丸で勝利を目指す。「思い残すことがないように最後まで全力でやりたい」と田中賢。大歓声を全身に浴び、希代のバットマンが札幌ドームの打席に向かう。(山田 忠範)=終わり=

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