引退の赤松 16年リーグ優勝は「最高 一番うれしかった」

[ 2019年9月23日 05:30 ]

引退会見する赤松(撮影・奥 調)
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 【赤松に聞く】

 ――引退を決心したのは。
 「今年に入ってから。若手を使わないといけない起用方法の中で、間隔が空いたときに自分のパフォーマンスができるかと言えばそうではなかった」。

 ――家族に引退を伝えたときは。
 「(子供は)“やめるん!”と言っていました。“ずっと一緒にいられるんでしょ”と。フリーターの怖さを知らないので」

 ――“ホームランキャッチ”もあった。
 「みんな若い選手はできるポテンシャルがある。ああいう打球が飛んでくるかどうかの運だと思います」

 ――16年にはリーグ優勝を経験。
 「最高でした。一番うれしかった。左翼を守っていて飛んでこないかな…と。名を残したいというのはありましたね」

 ――17、18年の優勝は立場が変わった。
 「17年は申し訳ない感じ。戦っている土俵が違うというか…。みんなは野球で戦っているけど、僕は病気。ここにいていいのかとはありました」

 ――ナインの支えもあった。
 「闘病中は結構キツイ。本当に外に出たくない。菊池(涼)がうっとしいぐらいに連絡してくる。それに対して空元気で対応するんですけど、それが一番励みになりました」

 ――勇気を届けられたという実感は。
 「できていない。1軍でやるのが一番、勇気づけるポイントになると思うので。後悔というよりか、そういうのはしたかったというのはあります」

 ――パフォーマンスが戻らなかった。
 「当たり前のこと。そうでないと何歳までも現役ができてしまう。僕の場合は病気でガタッと落ちてしまいましたけど。言い訳することもない」

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