「ファンタジー・スポーツ」という名の現実の世界 最も身近な場所にいた世界チャンピオン

[ 2019年9月11日 11:00 ]

土井記者が制したファンタジースポーツ。
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1980年代後半、私は米国の各都市を取材でうろうろしていた。ある朝、泊まった小さなホテルのフロントで手にした新聞を見ると、1面の下に「FANTASY・SPORTS」と書かれた広告欄があった。イラストはメジャーの選手たち。最初は何のことなのかわからなかったが、読んでいくうちに次第に全体像が見えてきた。

 つまりこれは実在するメジャー各チームから読者が好きな選手を選んで架空のチームを作り、その選手の実際の成績をポイント化して見知らぬ仲間たちと優勝を争う頭脳的なゲーム。各選手には独自の年俸が設定されていて、“オーナー”は決められた総年俸の範囲内で選手を調達しなくてはいけない。なのでスーパースターばかり集めていてはチーム編成は不可能。年俸が安くても、きちんとした成績を残す選手をどれだけ探してこられるかが上位進出へのカギになる。

 当時はインターネットがなかった。なので当初設定した選手を変更しようとすると運営側(その多くがメディア)に電話をして「あいつをカットしてこいつを入れます」と申し出る必要があった。

 時代は変わっていく。ファンタジー・スポーツはインターネット上で運営されるようになり、参加者が爆発的に増加。米国でのプロスポーツを楽しむ上で欠かせないツールになった。日本では本当の?オーナーが運営するチームにファンが付くという直線的な図式だが、米国ではどこかのチームのファンであっても、NFLやNBAなどを含めた複数の競技でいろいろな架空のチームを持っているファンタジー・オーナーが無数にいる。そこが日米スポーツの文化的&構造的な違いでもある。

 2001年、業界最大手だったCDM社がUSAトゥデー紙と共同運営して展開していたメジャーのファンタジー・スポーツに、スポニチ記録課の土井隆史記者が挑戦した。私が米国滞在中に仕入れてきた“新競技”に興味を示しての参戦。フルシーズン版では成績が上がらず挫折してしまったが、後半だけを対象にしたミッドシーズン部門ではランキング1位となり、その名前はネット上でも紹介された。ベスト10に入ったオーナーたちは名前とともに居住地も明記されるのだが、最上位にあった地名は「TOKYO・JAPAN」。ミッドシーズンに参加した約4000チームの中の王者は、情報入手的にかなりのハンデを背負っていた我が国から誕生していた。

 ファンタジーで勝ち抜くには監督とゼネラルマネジャーの両方の能力が求められる。選手の資質を見抜き、対戦相手と過去の相性を毎日のように分析し、多くのオーナーが手をつけていなくても使える選手を探してくるという地道な努力が必要なのだ。記録は見た目には数字の羅列だが、土井記者はその数字の裏に隠れている可能性と将来性を感じ取る能力に長けていた。私のチームは獲得する選手が次々に故障して離脱し、補強した選手はそのほとんどが私の期待を裏切り、起用した選手は軒並み不振に陥っていったが、彼のチームは見事なまでにその対極にいた。

 記録とデータはスポーツの根幹を変えていく。今季のメジャーではアメリカン(ツインズ)、ナショナル(ドジャース)両リーグでチームの年間最多本塁打記録が更新されたが、それは「フライボール理論」の浸透によるもの。バッティングの基本はこれまでレベルスイングによる「ジャストミート」だとされていたが、本塁打を狙った方が得点効率がいいというデータが明らかになると、各打者はボールの真ん中やや下にバットを合わせて「スタンド・イン」を狙うようになった。またチームの主軸打者はクリーンアップではなく打順を「2番」にしたほうが勝機が増えるというデータが提示されると、それに従う球団も増えた。

 八村塁(21=ウィザーズ)がドラフト1巡目で指名されたNBAでは3点シュートの試投数と成功数が毎年のように増え続けている。そんな遠い場所からシュートを決して打たなかったビッグマンたちも“長距離砲”を放つようになり、すでにそれはチームの戦術の大切な部分にもなっている。2点シュートを狙っても成功率は良くて5割前後。3点シュートの成功率を30%台の中盤から後半を維持できるなら、放ったシュート1本当たりの得点は、3点シュートのほうがいいというデータがこの21世紀型オフェンスを支えている。

 だから記録記者は時としてスポーツそのものを変える。野球だけでなくサッカーに精通していた土井記者はその可能性を秘めた1人だった。

 2019年9月6日。私の亡き父の誕生日に彼はこの世を去った。享年54。30年近く同じ職場で働き、ファンタジー・スポーツを語り合った仲間が今、目の前にいない。

 最も身近にいた世界チャンピオン。私はメジャー通を自負する米国勢を蹴散らした土井記者とともに仕事をしたことを誇りに思う。姿がなくとも、彼が残した中身の濃い“記録”はまだ生き続けている。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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