【内田雅也の追球】「根こんぶ」の「補手」――12回0―0均衡を保った阪神

[ 2019年8月14日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0-0中日 ( 2019年8月13日    ナゴヤD )

2回表2死一、二塁、大野雄の打球を一塁に送球する梅野(撮影・椎名 航)
Photo By スポニチ

 近本光司が5回表、この夜2本目の安打を中前に放った。今季の安打数が122本となり、阪神新人の安打数で歴代5位に並んだ。先人は徳網茂という。1950(昭和25)年の記録だ。

 徳網は捕手だった。京都商(現京都学園高)では神田武夫(後に南海)と組んで甲子園に出場。同志社大では蔦文也(後に東急、池田高監督)と同期だった。大洋漁業で都市対抗に出た。

 49年、新加盟の毎日(現ロッテ)入りが決まった。だが阪神の土井垣武が10年選手制度の移籍権を利用して毎日に移籍。正捕手不在となった阪神が交換トレードを要求して、新人ながら阪神に移籍した。1年目から正捕手として活躍した。

 引退後の71年、47歳で出した『捕手への誘い』(フォトにっぽん社)は名著と呼ばれる。阪神で長年「虎風荘」(こふうそう)寮長を務めた梅本正之に勧められ、古本屋で求めた。

 「序」で吉田義男が<「根こんぶ」のような人>と紹介している。そのこころは<時を経て、噛(か)めば噛むほど味の出る>。

 たとえば、野村克也がよく著書に書く「捕手は補手」という表現がすでに見られる。徳網は<捕手は補い手>と書き<最大もらさず、投手の性癖を調査すべき>とした。

 ならば、この夜の捕手・梅野隆太郎は先発・青柳晃洋をはじめ、救援陣を含め計6人の投手をよくリードした。延長12回、3時間59分もの間、0―0の均衡を保つのは相当、神経をすり減らしたことだろう。

 8回途中無失点の青柳は「梅野さんと話し合った通りの投球ができた」と語っている。特に相手中日の4番ダヤン・ビシエドへの配球が光った。

 1回裏1死一、二塁はシュートで遊ゴロ併殺打に切った。3回裏は外角ボール球スライダーでハーフスイングの空振り三振。6回裏には3球連続カーブ(スライダーか)ですべて空振りの三振に切った。「根こんぶ」のリードだった。

 徳網は「球の配合」(つまり配球)を<難物中の難物>と表現した。相手打者の傾向や試合状況などを考え合わせても正解は見当たらない。<目に見えぬ敵>と戦うようなものだ。

 ただ、投手の性格分析で<居丈高にふるまいながら、内面小鳩(こばと)のような心臓>や孤独、破廉恥野郎、吝嗇(りんしょく)、貪欲(どんよく)……と多面的な側面を描いた。投手を助ける<脇役>に徹する姿勢を説いた。

 午後10時を回っていた引き分け後、梅野は息をついていた。最近は先発の座を奪われることも多い梅野だが、あの表情を見れば、確かに「補手」になろうとしている。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

「第101回(2019年)全国高校野球選手権」特集記事

「稲村亜美」特集記事

2019年8月14日のニュース