【内田雅也の追球】「ニュアンス」の違い――13日ぶり勝利の阪神で見えた「綾」

[ 2019年7月21日 08:30 ]

セ・リーグ   阪神4-3ヤクルト ( 2019年7月20日    甲子園 )

5回無死一塁、木浪は投併殺打に倒れる(撮影・大森 寛明)
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 「ニュアンス」はもとフランス語で「色彩・音色などの微妙な差異」という意味だ。転じて「言葉などの微妙な意味合い。言外に表された話し手の意図」となる。

 野球にもニュアンスはある。9月で日本でいう白寿99歳を迎える米国の野球記者、ロジャー・エンジェルが<ここ数年のあいだに、わたしのベースボールに対する見方は少しばかり変化した>に書いている。1988年、68歳で出した『シーズン・チケット』(東京書籍)の「序」にあった。

 <もちろん、愛情そのものは変わらないのだが、そのような熱を込めた感情以上にゲームの綾ニュアンスや試合運びの技巧といったものに夢中になるようになってきたのだ>。

 <綾>に<ニュアンス>のルビがあった。当方は56歳だが、分かる気がする。野球に多い綾こそが醍醐味(だいごみ)なのだ。

 20日夜の阪神で言えば5回裏無死一塁での木浪聖也併殺打のニュアンスは大切にしたい。僅差の中盤。大事な追加点となる走者だった。

 ヤクルト・小川泰弘の初球、チェンジアップに引っかかり、投ゴロ併殺打だった。凡退は仕方ないが、打球方向が気になる。走者を進めたい場面だ。左打者なら引っ張れる球を待ち、あるいは強引に引っ張る打撃がしたかったはずだ。同じ凡打でもニュアンスが違ってはいまいか。

 逆に、2回裏の先取点は、無死二塁で右方向に転がした右打者・原口文仁の進塁打(二ゴロ)が効いた。窮屈そうな打撃だったが、ベンチに帰る際、場内に拍手が起きたのは観客がニュアンス(原口の意図)を感じ取ったからだろう。

 一時逆転した8回裏、1死一塁で糸井嘉男の遊ゴロが左前に抜け、一、三塁と好機が広がった。代走の一塁走者・植田海が二盗スタートを切り、遊撃手が二塁カバーに動いたのだ。定位置なら併殺ではなかったか。ここにも綾があった。

 9回裏の攻撃には綾などない。先頭の代打が長打し(北條史也)、無死二塁での送りバントを三塁手に捕らせ(陽川尚将)、1死三塁では反対方向に外飛を上げ(近本光司)、俊足の代走が本塁を陥れた(江越大賀)。

 将棋でいう定跡通り、流れるように事が運んだわけだ。文句なしのサヨナラ劇だった。絡んだ4人中3人が途中出場というのも喜ばしい。監督・矢野燿大の用兵が決まったのだ。

 多くの学校が夏休み初日だった土曜日。甲子園は満員札止めだった。オールスターブレークをはさんで、今月7日以来、実に13日ぶりとなる勝利に沸いた。

 勝負の綾、つまりニュアンスを感じ取る再出発だった。=敬称略=(編集委員)

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2019年7月21日のニュース