【内田雅也の追球】成長への「出会い」――同期左腕の投げ合い

[ 2019年6月14日 08:00 ]

松田宣の打球を懸命にキャッチする高橋遥
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 昼すぎ、博多駅地下街でラーメンを食べた。映画にもなった住野よるの小説『君の膵臓(すいぞう)をたべたい』(双葉社)で病に冒された女子高校生・咲良(さくら)と「僕」が九州旅行で立ち寄った店だ。

 2人が出会ったのは偶然だという「僕」に向けて、咲良は強く言い返す。「違うよ。偶然じゃない。私達は、皆、自分で選んでここに来たの。(中略)私達は、自分の意思で出会ったんだよ」。そのときどきの選択が重なっての出会いだと言っていた。

 そうかもしれない。多くの自己啓発書を残した作家ジェームズ・アレンの『「原因」と「結果」の法則』(サンマーク出版)に<人生には偶然という要素はまったく存在しません>とある。<私たちが自分の人格のなかに組み込んできた思いの数々が、私たちをここに運んできたのです>。

 この夜、阪神・高橋遥人とソフトバンク・大竹耕太郎が演じた見事な投手戦も偶然ではなく、必然だったかもしれない。
 高橋は亜大、大竹は早大、ともに大学出2年目の左腕である。個人的にも親交があるらしい。リーグが異なり、普段は出会わないが、交流戦での先発対決が実現し、思いは強まったことだろう。
 通算317勝の左腕、鈴木啓示(本紙評論家)が「投手は打者と対戦しているわけだが、相手投手とも戦っている」とよく話していた。「山田久志や村田兆治らと投げ合う時は“あいつより先に点をやるものか”“あいつより先にマウンドを降りるものか”という気概でやっていた」

 0―0の7回裏、高橋はジュリスベル・グラシアルに3ランを浴びた。1ボール―2ストライクと追い込んでの内角低めカッターを左翼席ポール際中段に運ばれた。前の2打席でともに内野ゴロに打ち取っていた球だ。

 「打たれはしましたが、悪い球じゃありません」と敗戦後、投手コーチ・福原忍は好投をたたえた。「あんな投球ができる。次につながる投球だったと思いますね」

 被弾した時、高橋はひざに両手をついていた。むろん、がっくりきたのだろうが、気骨を見たのはその後だ。松田宣浩にも安打され、崩れてしまいそうになるのを3失点で踏ん張った。まだ投げている大竹に負けるものかの気概もあったろう。

 「がっくりは野球に付き物だ。問題はその後だ」と、大リーグ歴代3位、監督通算2728勝の名将、トニー・ラルーサが語っていた。成長につながる出会い、そして敗戦だったとみている。
 =敬称略=
 (編集委員)

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