輝星、夢かなえた親子3代キャッチボール 小1で磨いた縦回転が直球の基礎に

[ 2019年6月13日 05:30 ]

交流戦   日本ハム2-1広島 ( 2019年6月12日    札幌D )

吉田輝の小学校での卒業文集
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 雪国で生まれた少年が夢をかなえた。日本ハム・吉田輝は秋田市出身。幼少時からプロ野球選手を目標にし、金足農で投手を務めた父・正樹さん(43)とのキャッチボールで土台を築いた。父と同じ高校に進学し、昨夏の甲子園で準優勝。ドラフト1位でプロ入りし、デビュー戦を白星で飾った18歳の「原点」に迫った。(取材・構成 武田 勇美)

 将来の夢は、物心がつく前から決まっていた。保育園で発表した「プロ野球選手」。幼い頃から家族で見た野球中継の影響で「プロ野球選手になりたい」と言えば、そのたびに「じゃあ、たくさん練習しないとね」と両親の後押しを受けた。

 原点は金足農の投手だった父・正樹さんとのキャッチボール。小1で始めた頃から「球の回転を意識するように」と技術的な指導を受けた。きれいな縦回転で浮き上がる直球の基礎が築かれた。父が仕事のときには祖父・理正さん(73)が相手になった。親子3代で夢に向き合った。

 小学3年時に天王ヴィクトリーズに入団。当時から現在まで監督を続ける河村正悦さん(55)は「父とキャッチボールしていたからか、初めから土台ができていた」と振り返るが、悩みが一つあり「一生懸命に投げる子でとんでもないところに投げることが多かった」。矯正しようと工夫した。グラブを頭に乗せ「この上に落ちるようにフライを投げてごらん」。ある日は地面にグラブを立てて置き、30~40メートル離れた所から「当たるように投げてごらん」。とにかくいろいろな投げ方を試させ、どう投げたらどんな球がいくのかを体に教え込んだ。

 制球も身につき、天王中に進学する頃には県内でも有名な投手に。小、中とバッテリーを組んだ小野滉翔さん(18)は「いつか自分とは違う世界に行くと感じていた」という。当時の野球部長だった熊井修一さん(40)も「ランニングをしろというと一人勝手にタイヤを持ってきて引くような子だった。練習も鬼のようにこなした」と振り返る。

 中3の県大会は4強止まり。悔し涙を流し、高校での雪辱を誓った。中3の進路相談では担任にこう話した。「父と祖父の通っていた金足農で甲子園に出たい。それから高校を卒業したらプロ野球選手になりたい」。2つの目標を達成し、デビュー戦を白星で飾った18歳。ウイニングボールを手に「ここまでこられたのも両親のおかげ。両親にプレゼントしたい」と感謝した。

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