阪神・矢野監督が言う「楽しむ」の意味――負けを受けいれる精神

[ 2019年3月29日 11:59 ]

練習を見守る阪神・矢野監督
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 【内田雅也の広角追球】阪神監督・矢野燿大(50)は開幕前日(28日)の会見で「楽しむ」「楽しみ」と繰り返した。選手たちを集めてのミーティングでも「楽しもう」と話したようだ。

 今季の阪神のテーマ――課題と言ってもいい――は、選手、チームがいかにシーズンを“楽しめるか”にかかっている。

 「自己啓発の父」と呼ばれるアルフレッド・アドラーの著書を読み、その心理学を知る矢野とすれば、緊張も重圧も苦悩も……すべて自分の意思が決めたこと、となるだろう。アドラーによれば「世界はシンプルで、人生は思い通り」「人間は自分の人生を描く作家である。あなたを作ったのはあなた。これからの人生を決めるのもあなた」なのだ=小倉広『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)=。つまり、重圧も敗戦も楽しめばいい。

 よく誤解されるが、この「楽しむ」は何も旅行や宴会を楽しむのとはわけが違う。「エンジョイ」の精神である。英語「enjoy」にはもともと「受けいれる。享受する」といった意味がある。

 たとえば、2007年の日本シリーズ第1戦。日本ハム監督トレイ・ヒルマンは開幕を前に「この時期に野球ができる幸せを誇りに思い、エンジョイしたい」と語った。

 監督専属通訳だった岩本賢一は「エンジョイ」の訳し方を悩んだという。「楽しむ、と言ってしまうと違う。重圧も誇りも……いろんなものを受けいれる。享受する、という感じでしょうか」。全力で戦い、良くも悪くもその結果を享受する。そんなエンジョイである。

 何も英語を話す西洋人だけがエンジョイする(楽しむ)わけではない。

 阪神前監督・金本知憲が現役当時2008年に出した著書『覚悟のすすめ』(角川書店)で書いている。<本来「楽しむ」とは向上心を持ち続け、努力し続けた結果、できなかったことができるようになる。これが「楽しい」という言葉の本当の意味なのだと思う>。

 また、野球を愛した評論家・作家、虫明亜呂無(むしあけ・あろむ)は<僕は恋愛や音楽や絵画を愉(たの)しむのとおなじようにスポーツを愛好している>と書いた=『時さえ忘れて』(筑摩書房)=。ただし書きがある。<愉しむ、と単純に言いきったが、当然その代償として、悲しみや孤独や、つまりマイナス面も、いや、人生を害し、毒するものも多分に含んでいる>。

 昨年最下位だったチームである。矢野は苦しいシーズンになるという覚悟はできているだろう。ただし、この“苦しい”というのを決めるのも自分たち自身である。苦しさを将来の糧として受けいれ、楽しみたい。そんな風に思っているのではないか。

 沖縄・宜野座キャンプ中の2月中旬、矢野は本紙評論家・広澤克実と対談した際に語っていた。

 「優勝するチームでも60敗はする。その60敗にこだわろうと思う。負ける時って何か原因がありますよね。でも、そこで粘りを見せるとか、あきらめない気持ちがあれば、相手のミスも起こりうる。逆転勝ちも増えていく。85勝しようと考えると、難しいな、しんどいな、となるが、負け試合にこだわる方が挑戦していきやすい」

 現役捕手時代、監督だった野村克也がよく口にした「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」である。もとは江戸時代の剣術の達人で、肥後平戸藩主の松浦静山が『剣談』に残した言葉だ。

 失敗の多いスポーツ、野球ではいかに失敗や敗戦と向き合うかがカギとなる。矢野は、負けを正面から受けいれる姿勢ができている。

 矢野は就任以来、常に明るく前向きでいる。キャンプ中、当欄で書いたが、言葉の力を信じ、予祝(よしゅく)も実践している。キャンプ中の記者懇親会では乾杯の音頭を取り「皆さんのおかげで、2019年、優勝できました! ありがとうございました。それでは3、2、1、かんぱ~い!」とやった。開幕前日会見でも「日本一となって、神戸、大阪でパレードをします」と言った。

 『予祝のススメ 前祝いの法則』(フォレスト出版)の著者、大嶋啓介と沖縄で会い、もう1人の共著者、ひすいこたろうとも近く面会する予定があるという。

 シーズンに入れば、苦しい時もある。それでも、指揮官が“楽しむ”姿勢でいれば、道はひらけるのではないか。そんな期待を抱かせる開幕である。              =敬称略=

                (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。大阪本社発行紙面で主に阪神を追うコラム『内田雅也の追球』は13年目のシーズンを迎えた。今年もまた現場で野球を終える幸せを思う。人生に似る野球の醍醐味(だいごみ)を伝えていければと誓う。

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