ミラクル新田 延長17回サヨナラ弾の池田さん、恩師の言葉今も胸に

[ 2019年3月29日 11:00 ]

90年センバツ準決勝、延長17回に池田(手前の4)は左越え本塁打でサヨナラ勝ちした新田
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 【平成センバツヒーロー あいつ今何してる?(6)】すでに照明が点灯した延長17回裏。チラつく引き分け再試合…。1990年(平2)の準決勝。新田(愛媛)の1番だった池田幸徳さん(46)は、北陽のエース寺前正雄の238球目、真ん中直球を左翼席へ運んで決着をつけた。春夏通じて初出場で、日大藤沢との2回戦でも9回に4番・宮下典明が逆転サヨナラ3ラン。1大会で2度のサヨナラ弾は春夏史上初で、「ミラクル新田」と称される快進撃だった。

 池田さんは「僕のホームランは確かにミラクルですが、決勝まで進んだのは決してミラクルではありません」と振り返る。69年夏に松山商を率いて三沢との延長18回引き分け再試合を制した一色俊作監督の下、日本一を目指して甲子園に乗り込んでいた。決勝で近大付に敗れた後、一色監督は「我々は敗者の代表」と悔しがり、翌日から夏に向けての猛練習を開始したという。

 池田さんは東京六大学の明大に進学し、2年生からリーグ優勝に貢献した。テレビ愛媛に入社、現在は営業部長を務める。指導者への可能性を考えたこともあったが、野球が好きだけでは務まらないことを一色監督から教わった。「一番大事なのは、生徒たちの人生すべてを見る覚悟や」――。2013年に亡くなった恩師と同じ道は夢のまましまいこんでいるが、池田さんは「あのセンバツで天狗(てんぐ)になりそうだった私たちを戒めてくれた。社会人になった今でも、人生全てにおいての監督でした」と感謝している。(畑野 理之)

 ◆池田 幸徳(いけだ・ゆきのり)1972年(昭47)5月16日生まれ、愛媛県出身の46歳。小1で野球を始めた「愛媛西リトルリーグ」では阪神、楽天でプレーした沖原佳典とチームメート。松山東中、新田、明大で野球を続け、テレビ愛媛に入社。夫人と娘の3人家族。

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