内田広角追球(96)― 富岡西「ノーサイン野球」で考えた「高校野球」と「監督」(上)

[ 2019年3月16日 17:30 ]

センバツ出場を決めて喜ぶ富岡西の選手たち
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 【内田雅也の広角追球】野球の監督は試合中、なぜ選手と同じユニホームを着ているのだろう。

 バスケットボールやサッカーではスーツ姿でベンチにいる。ラグビーでは選手とコミュニケーションもとれないスタンドに座っている。野球の七不思議の一つである。

 この根源的な問題をあらためて考えるようになったのは、今春の第91回選抜高校野球大会(23日開幕・甲子園球場)に、21世紀枠で初出場する富岡西(徳島)の「ノーサイン野球」に触れたからである。

 触れたとは言っても、15日、大阪・梅田の毎日新聞大阪本社オーバルホールであった組み合わせ抽選会で、監督と主将の話を聞いただけである。失礼かつ恥ずかしながら、まだ彼らの試合や練習を見たことはない。

 ただ、記事で読んでいた評判のノーサインの実際を当事者に聞き、少なからず衝撃を受け、感心したのは確かである。

 監督・小川浩(58)は本当に一切のサインは出さないそうだ。「ウチは選手主体のチーム。選手が考えて動きます。もちろん、甲子園でもサインは出しません」

 ならば、普段から選手同士で何組かのサインを決めて、やりとりしているのか。実際、1970年代、阪急(現オリックス)黄金期の福本豊―大熊忠義の1、2番コンビは2人で盗塁や「走らない」といったサインを持っていた。

 「いえ、選手同士のサインもありません」と、主将の坂本賢哉(3年)は首を振った。「アイコンタクトですか? う~ん、それも少しはあるかもしれませんが、基本は何て言うか、あうんの呼吸でしょうか」

 代表的な例としてあげたのが昨秋10月27日の四国大会1回戦、高知(高知)戦(レクザム)だった。7―7同点の8回裏、連続四球と送りバント(これもノーサイン)で1死二、三塁の好機をつかんだ。三塁走者となった坂本は「ここだ」と次打者の初球、本塁へ向けてスタート。打者・安藤稜平(3年)が投前にバントを転がし、スクイズで決勝点をもぎ取った。

 坂本は「安藤は右打者ですが、普段から練習していますので、三塁走者のスタートは見えます。それに、安藤も初球スクイズを頭に描いていると確信していました」と話した。

 少し前、10月13日の徳島県大会準決勝、徳島商戦(オロナミンC)で同じく2―2同点の9回裏、1死三塁でスクイズせずにサヨナラ機を逃し、延長10回で敗れた苦い経験があった。敗戦後、選手たちはスクイズすべきだったと反省し、3位決定戦で勝ち上がった四国大会で生かして見せたのだった。

 打者が走者の動きを見て対応する、というのは相当に高度な技術だ。たとえば、巨人V9時代の土井正三はヒットエンドランの際、遊撃手か二塁手、どちらが二塁ベースカバーに入るのかを見たうえ、動いた野手の方向にゴロを転がした。日米野球で裏をかかれた大リーガーが縦書きの日本語をもとに「誰だ、日本人の目が縦についていると言ったのは!?」と漏らしたという逸話が残る。

 「見えるように、できるようになるんです」と坂本は言った。一塁が背中越しとなる左打者の坂本だが、スタートを見て「たとえば、ショートが動けば、こんな感じで」と手首とバットのヘッドを立て、反対方向に押っつける――この言い方は好きではないが――しぐさを見せてくれた。

 「ノーサイン野球」は高校野球に情熱を傾けてきた小川が、たどり着いた一つの結論だった。発端は「7年前」の練習試合だった。=敬称略・つづく=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。高校野球の魅力に取りつかれ、小学生時代の夏休み、朝8時から夕方6時過ぎまで1日4試合、テレビの前でスコアを付けた。1球たりとも逃したくなく、食事やトイレも必死だった。各大会の新聞の切り貼りをしたスクラップ帳は宝物で今も実家に残る。

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