木田画伯 天国の小枝さんに日本一ささげる プロ入り後もお世話になった“恩人”

[ 2019年2月5日 06:20 ]

木田画伯による小枝守さんのイラスト
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 日本ハムの木田優夫投手チーフコーチ(50)による今回の「木田画伯の球界絵日記」は、肝細胞がんのため先月21日に67歳で死去された小枝守氏との思い出について。かつて日大三、拓大紅陵を率い、侍ジャパンU―18代表監督も務めた小枝氏は、自身も学生時代からお世話になった恩人です。遠くこの米アリゾナで思うのは、亡き恩人にささげるチーム3年ぶりの日本一です。

 ファイターズは先月28日に日本を出発して米国のアリゾナ州に入り、1日からダイヤモンドバックスの施設でキャンプをスタートさせました。が、僕はその出発の前日、東京都内のある斎場に行っていました。先月21日に亡くなられた拓大紅陵の元監督の小枝守さんのお通夜に参列するためです。その日は2000人が参列したということですが、ファイターズからも小枝さんの教え子の高橋憲幸投手コーチ、加藤貴之投手や、侍ジャパンで一緒に戦った堀瑞輝投手、清宮幸太郎選手も参列していました。

 僕が小枝さんに初めてお会いしたのは、高校1年の時なのでもう30年以上も前になります。うちの高校(日大明誠)の監督が日大野球部の先輩後輩で、小枝さんがうちの監督を「兄貴」と呼んで兄弟以上の付き合いをしていたので、練習試合もしましたし、拓大紅陵で合同合宿などもしていました。

 その合宿の一番の思い出は、ホームベース付近でノックを打っていた小枝さんが、突然僕に「木田、ちょっと見てろ。今からレフトポールに当てるから」と言って本当にポールに当てたことです。昔から高校野球の名監督は名ノッカーが多いと言われていますが、まさしくその一人でした。

 GM補佐の仕事をするようになってからはアマチュアの試合会場でお会いすることが増えていて、最後にお会いしたのも去年の夏の甲子園でした。その時には「吉田輝星の低めの直球は本当に素晴らしいな」と言っていたのを覚えています。もっともっと野球のことを教えてほしかったのですが、残念でなりません。これからも小枝さんの教えを忘れずに頑張っていきます。 (日本ハム投手チーフコーチ)

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