ロッテ・根元 “徳栄魂”胸に…コーチとして“人間力”も教え込む

[ 2018年12月4日 09:45 ]

ロッテの1軍内野守備走塁コーチに就任した根元は秋季キャンプでノックを行う
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 【決断 ユニホームを脱いだ男たち】現役を引退し、1軍内野守備走塁コーチをやる。ロッテ・根元は、ほんの2カ月前まではそんな自分の姿など想像さえしていなかった。

 球団から来季の構想外だと伝えられたのは9月。ポストも用意すると言われた。親しい関係者に「来季はロッテのユニホームは着られなくなった」と報告して回った。だが、選手をやめる決断だけはできなかった。

 10日が過ぎた頃だ。それは何げない会話だった。高校時代の恩師である花咲徳栄・岩井隆監督(48)に電話する。「戦力外か?」。最近の時候のあいさつが、ついに現実になった。ひと通り、話し終えると岩井監督はぽつり言う。「もう、いいんじゃないか?」。なぜだか分からないが、目の前の霧が晴れた。すぐに「やめます」の言葉が出た。自分でも不思議だったが、ほとんど無意識だった。

 当時、野球部寮で岩井監督と1年の秋から卒業まで同部屋だった。「とんでもないところに来た」と野球のレベルの差は絶望的に思えたが「感謝は忘れるな」と言われ、必死で食らいついた。努力が実り、主将を任された01年夏に母校を初の甲子園へ導く。「自分にとっての原点。今でも背筋が伸びる」。教わったのは野球だけではない。一番の財産は人間としてのあるべき姿だった。だから背中を押してくれた恩師に素直になれた。

 今度は教える側に立つ。モットーを聞かれると「技術の前に人として成長してほしい。野球を終えてからの人生の方が長い。そういう人間になれれば、野球の技術も向上する」。考え方の原点はやはり、高校3年間を過ごした母校にある。体の中には常に「岩井流」の血が流れている。

 千葉県鴨川市で行われた秋季キャンプでは、最後までグラウンドに居残った。ユニホームは現役の背番号2のままだが、立場は変わった。繰り返し、誰もいない内野へ白球を打った。新たな職場に一日も早く慣れるべく、寸暇を惜しんだ。「分からないことだらけなのは当然だと思う。勉強させてもらいながら、自分の色を出していければいい」。全力でぶつかる。その先にきっと道は開けることを、この男は経験から知っている。 (福浦 健太郎)

 ◆根元 俊一(ねもと・しゅんいち)1983年(昭58)7月8日生まれ、東京都出身の35歳。東北福祉大4年春秋に首位打者となり、05年の大学生・社会人ドラフト3巡目でロッテ入団。プロでは投手、捕手以外は全ポジションを守るユーティリティープレーヤーとして活躍。1メートル77、77キロ。右投げ左打ち。

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