4球団を渡り歩いた坂元弥太郎氏、今も変わらぬ野球への情熱

[ 2018年12月4日 08:35 ]

2005年、ヤクルト時代の坂元弥太郎投手
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 ずいぶんと小さい子だなと思った。握っているバットが長く見える。聞いてみれば、まだ5歳だという。当然、力はない。だから体全体を使ってスイングする。見た目と不似合いなライナーが飛んでいく。「凄いな…」。素直にそう思った。

 ヤクルトと日本ハムの担当時代に取材した坂元弥太郎氏を訪ねた。現在、埼玉県三芳町にある練習場で野球スクールを開いている。近くに来ていたので、アポイントを取ることもなく寄ってみると、その少年と会った。

 坂元氏の母校である浦和学院の先輩の息子さんだという。ヤクルト、日本ハム、横浜、西武と4球団を渡り歩いた元プロ野球選手が見ても、「スーパー5歳児ですよ」と絶賛するほどだった。

 幼稚園児だというのに、お父さんが上から手投げするボールを30分ぐらい、休むことなく振り続けていた。坂元氏は「この1年間、かなりやっていますからね」と言った。その表情はうれしそうで、どこか得意げのようにも見えた。

 スクールの生徒が上達する。それこそが最高の喜びなのだろう。倉庫を改造してできあがった室内練習場は、完成からまだ4年。それでも、地面に敷き詰めた人工芝はだいぶ薄くなってきた。それも、坂元氏が熱心に始動してきた証と思えた。

 「スーパー園児」が帰った後には、中学生を相手に、自ら1時間以上も打撃投手を務めていた。「ちょっと練習に来たからといって、うまくなるコツを教えることはできない」とも言った。体で覚えてもらうために、ひたすら右腕を振っていた。現役時代に比べると、体も若干ふっくらとしていたが、野球への情熱とタフさは変わらなかった。

 夜も10時を過ぎたので、こちらは一足先に帰宅することを坂元氏に告げた。「あの子、取材する価値がありますよ」――。5歳の少年の成長ぶりはちょっと気にしてみようかなと思っている。(記者コラム・横市 勇)

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