阪神ドラ4斎藤(中) “マイナス思考”から救われた同級生の言葉

[ 2018年11月27日 11:00 ]

ドラ4斎藤友貴哉(23=Honda)(中)

桐蔭横浜大同級生の、ふとした言葉が友貴哉の心に響いた
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 【ドラフト指名選手 矢野阪神の1期生】阪神からドラフト4位指名された斎藤友貴哉投手(23=Honda)は野球をやるとなぜか緊張しやすいタイプだった。

 「昔から野球をやっていてもあがっちゃうタイプでした」

 小学3年から野球を始めた。小学生の頃は放課後に学校の体育館で遊んでから野球のクラブに向かった。どこにでもいる野球大好き少年。だが、なぜか試合になると、いつもの自分を出せずにいた。投手としてマウンドに上がっても、緊張して楽しむ余裕などなかったという。それは大学入学まで変わらず、野球を続けていく上での課題でもあった。

 そんな自分と別れるきっかけをつくってくれたのが、桐蔭横浜大の同級生だ。1年からメンバー入りし、2年春からはエースとしてチームをけん引。今も日本生命で活躍する高橋拓巳(日本生命)の言葉が心に響いた。

 「マイナスなこと考えると、そのことが起きるよ」

 登板前に弱音を吐く、友貴哉を見かねてのゲキだった。「打たれるかもしれない」というマイナス思考を、ぬぐい去れない。1、2年の頃は「制球難でネットにボールをなげているみたいだった」と当時のチームメートが振り返るほど苦しんだ。これでは公式戦で登板するチャンスなど訪れない。悶々とする日々を過ごしていたが、球友の助言で足元を見つめ直した。

 「当時は緊張とかよりも、力がありませんでした。でも、言葉をかけてもらってからは常に気持ちは前を向いています」

 結果ばかり追い求めていたが、それもやめた。投球意識が変わると、結果に変化をもたらした。気持ちを強く持って打者へと向かう。一つの殻を破ると、3年春からは先発としてリーグ戦にも出場するようになった。同年秋は3試合、17イニングに登板して自責はわずか1点。4年春も5試合で4勝1敗と先発の一角として活躍した。

 友貴哉自身の努力がなければ、成長はなかった。と同時に、仲間の存在があったからこそ、今がある。「先輩方の影響もありましたし、高橋も1年からすごかったので。本当に力になりました」。感謝の思いを胸に、プロの門を叩く。(長谷川 凡記)

 ◆斎藤 友貴哉(さいとう・ゆきや)1995年(平7)1月5日生まれ、山形県出身の23歳。山形中央では甲子園出場なし。桐蔭横浜大では4年春に3連続完封を含む4完投の活躍でリーグ優勝しMVP。Hondaでは1年目から都市対抗で登板。18年のJABA東京スポニチ大会で2勝し優勝に貢献。1メートル84、90キロ。右投げ左打ち。

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