中日・岩瀬 涙の1000試合登板S 記録より…今季初1点差出番に「最後はしっかりと」

[ 2018年9月29日 05:30 ]

セ・リーグ   中日4―3阪神 ( 2018年9月28日    ナゴヤD )

<中・神>お立ち台で目に涙を浮かべる岩瀬
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 またしても金字塔を打ち立てた。中日の岩瀬仁紀投手(43)が28日の阪神戦(ナゴヤドーム)でプロ野球史上初となる1000試合登板を達成。4―3の9回からマウンドに立ち、1回を無失点に抑えた。チームは6年連続でCS進出を逃したが、節目の登板で自身の持つプロ野球最多セーブ記録を更新する407セーブ目を挙げた。今季限りで現役を引退するレジェンドが球史にまた1つ、大きな記録を残した。

 誰も成し遂げたことのない1000回目のマウンドは何度も立った9回だった。1点リードの9回を締め、5連敗中のチームを勝利に導いた。花束を受け取ると、感情がたかぶり顔がゆがんだ。お立ち台では涙で目が真っ赤になり、何度も言葉に詰まった。

 「まさかここまでくるとは思わなかったです…。長い道のりでした。1点差で僕を出してくれるというのは今年初めてだったので、最後はしっかり頑張りたいと思いました」

 百戦錬磨のベテランも大記録を前に久しぶりに足が震えた。先頭・糸原に死球を与えたが気持ちを立て直し、大山を中飛。98年ドラフトの同期入団、福留は「孝介だけは特別枠。思いが違う」としながらもシュートでバットを折り、どん詰まりの一ゴロ。最後は糸井を遊ゴロに仕留め「嬉しいというより、ほっとしたというか無事に終われて良かった」と涙腺がゆるんだ。

 左肘の故障に苦しみ、16年夏に一度は引退を決意した。森監督ら球団の慰留を受け再起を誓った昨季は6月に月間MVPを獲得、8月にはプロ野球最多950試合に登板。復活が認められ、カムバック賞を受賞した。だが、「自分ではカムバックしたと思っていない。もっとできるはずと思っていた」と満足できなかった。

 プロ20年目の今季、モチベーションにしたのが「自分がこういう試合のこういうところで投げるんだと、自分の居場所を明確にすること」だった。守護神の座こそ若手にゆずったものの勝利の方程式の一角としてブルペンを支えるつもりだった。しかし、6月以降、失点する試合が増え、6月15日の西武戦では2失点し、好投した先発・笠原の白星を消してしまった。「チームの役に立てていない。いてもしょうがない。記録のために投げていると思われるのが一番嫌」と2軍行きを覚悟。体重は5キロ近く落ちた。

 左腕の苦しみが連鎖するように救援陣も不振に陥った。長年、自身が務めてきた抑えの役割は田島、鈴木博、佐藤ら次々と入れ替わった。「もうちょっと自分がしっかり投げていれば使われていたかも。結局、力不足」。代役でも守護神としてお呼びがかからない悔しさ。試合後の会見では進退こそ口にしなかったが、決意は固めている。

 苦しい場面での登板が多かった1000試合。「優勝したい。その中で1年間、自分が勝ちのピースになる気持ちでやってきた」ことが左腕を突き動かす原動力だった。

 チームは6年連続となるBクラスが確定。それでもこの日、自分の前に投げた若い救援陣は無失点で踏ん張った。また1つ新たな勲章を手にしたレジェンドは若手の成長、強竜再建を願っている。(徳原 麗奈)

 《メジャーでは過去16人》岩瀬(中)が28日の阪神戦でプロ野球史上初の通算1000試合登板を達成した。初登板は99年4月2日の広島戦。また、この日は今季3セーブ目を挙げ自身が持つプロ野球通算最多セーブ記録を407とし、同じく自身が記録したセ最年長セーブを43歳10カ月に更新した。なお、メジャーではジェシー・オロスコの1252試合を筆頭に過去16人が1000試合登板を記録している。

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