お馴染み「No.1ポーズ」のルーツは駒大苫小牧も…実はただのあいさつだった

[ 2018年8月21日 09:00 ]

<駒大苫小牧―済美>No.1ポーズで喜びを爆発の駒大苫小牧ナイン
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 【伊藤幸男の一期一会】数時間後には金石農か、大阪桐蔭ナインが甲子園のマウンドで「No.1ポーズ」を披露する、はずだ。実は北海道・駒大苫小牧がルーツだったのをご存じだろうか?今や高校野球だけではなく、プロ野球も優勝達成時、このポーズで歓喜を表現する時代だが、本来の意味合いは少し違ったらしい。

 「考案者」と言われる元駒大苫小牧・香田誉士文監督(47)を直撃したら、意外な答えが返ってきた。

 「あの“人指し指を1本立てたポーズ”ですよね。最初は“おはようございます”とかチーム内のあいさつに過ぎなかった。メンタルトレーニングの一環。ウチが弱い頃からやってました」。

 エッ!?「決めポーズ」は歓喜を表す意味じゃなかったんですか?

 「そうですよ。だから(04年)甲子園で初優勝した時も選手が一斉にやって“ウーン”みたいな感じでした」

 いや、私たちこそ“ウーン”じゃない!?「大迫、半端ないって」とは違った意味でプロ・アマ球界に定着したVポーズである。それなら登録商標でも取れば、と記者の突拍子もない質問に、香田監督は苦笑いするばかりだった。

 現在は福岡市の社会人チーム、西部ガスの監督として忙しい日々を送っている。今年7月の都市対抗にも出場し、新日鉄かすざマジックとの初戦は4―6で敗退。それでも今月8、9の両日、同大会覇者の大阪ガスに東京ガス、東邦ガスが参加した「ガス4社交歓野球大会」で3位に入るなど、チーム作りは確実に進んでいる。

 12年前の06年8月21日、駒大苫小牧は73年ぶりの夏甲子園3連覇を逸した。ただ香田監督が指す「弱い頃」とは03年以前のことだった。同年夏の甲子園初戦、岡山・倉敷工に8―0とリードも4回の豪雨により史上最大得点差でのノーゲーム。ところが翌日は2―5で敗れ、同校の甲子園初勝利が幻となった。その雪辱が、翌年以降の大躍進につながった。そして「深紅の大旗」が初めて、津軽海峡を越え、劇的なポーズが世に広まった。

 ただのあいさつに過ぎなかった「合図」が、全精力を傾けてつかんだ「結晶」だからこそ、私たちには尊い光景に遷ったのかもしれない。果たして100回大会のフィナーレはどうなるんだろう。

 ◆香田 誉士史(こうだ・よしふみ)1971年(昭46)4月11日生まれ、佐賀県出身の47歳。佐賀商―駒大卒。佐賀商コーチとして94年夏の全国制覇に貢献。95年駒大苫小牧監督に就任し04、05年夏と甲子園連覇。06年は早実と決勝再試合の末敗れ、準V。甲子園通算15勝6敗1分け。12年から西部ガスのコーチ。17年秋から同社監督に就任。

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