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鹿児島実・久保克之名誉監督 投の軸不在響いた折尾愛真…勝利に導くのは背番1の気迫

[ 2018年8月11日 09:00 ]

第100回全国高校野球選手権記念大会第6日・1回戦   日大三16―3折尾愛真 ( 2018年8月10日    甲子園 )

第56回大会で東海大相模・原と対決する鹿児島実・定岡
Photo By スポニチ

 【名将かく語りき〜歴史を彩った勝負師たち〜第6日】 投手の気迫はナインに伝わる。鹿児島実で96年センバツ優勝を果たした久保克之氏(80=鹿児島実名誉監督)は日大三の強さを称える一方、5投手で計16四死球と崩れた折尾愛真の投手陣の乱調を指摘。定岡正二、杉内俊哉らを育てた名伯楽が、期待する九州勢に厳しくも温かい「愛のムチ」を入れた。

 日大三は投打ともにしっかり鍛えられたチームだった。激戦区の西東京を勝ち上がってきただけある。私が指揮していた当時にも樟南というライバルがいたが、早実など強豪がひしめく西東京で培った力をいかんなく発揮した。最後まで集中を切らさず、先発全員の15安打で16得点は見事だった。

 好ゲームを期待したが、ワンサイドゲームになったのは残念。これが甲子園の怖さだ。折尾愛真は継投で食い下がろうとしたが5投手で計16四死球ではさすがに厳しい。投の軸となる、エースの存在の大切さを痛感した試合になった。

 私は35年間の監督生活で春夏合わせて甲子園に19度出させてもらったが、好成績を収めた年には、必ず頼りになる背番号1がいた。優勝した96年センバツは下窪陽介(元DeNA)。全5試合を1人で投げ抜いて防御率1・00。制球が良く、スライダーの切れが抜群だった。

 最も印象深いのは定岡正二(元巨人)だ。74年夏、東海大相模(神奈川)との準々決勝。初回に1年生だった原辰徳さん(元巨人監督)から2点適時打を打たれて先制されたが、2回の3点で逆転。2回以降は立ち直り踏ん張っていた定岡が9回に追い付かれてしまい、3―3で延長に入った。

 14回に1点勝ち越したが、その裏にまた追い付かれて…。そのとき鹿児島は大変だったそうだ。NHKの放送が途中で打ち切られ、苦情の電話が殺到。あまりの反響の大きさに鹿児島では中継が再開され、最後まで放送された。この試合がきっかけで翌年から総合テレビだけでなく教育テレビ(Eテレ)との完全中継になった。「私たちが高校野球の中継を変えたんだ!」とちょっと自慢に思っている。

 試合は延長15回、5―4で勝たせてもらったが、3投手の継投だった東海大相模に対して、うちは定岡が最後まで投げ抜いてくれた。背番号1がマウンドに立つことは、チームに勇気を与えるもの。その意味では日大三の豊富な投手陣の中で、エースの中村君が先発して試合をつくったのは、勝ち上がっていく上で大きいのではないかと思う。

 折尾愛真は5投手ともに打者を攻めきれずに、強打が影を潜めた打線にも影響を与えた印象だ。98年夏に八戸工大一との1回戦でノーヒットノーランを達成した杉内俊哉(巨人)は、強気で打者に向かっていく投手だった。私も現役時代は投手をやっていたが、ひとたびマウンドに立ったら気迫が大事。鹿児島実は金足農(秋田)に初戦で負けてしまったが、相手エースの吉田君もマウンド度胸抜群のいい投手だった。

 折尾愛真は今回が初出場。この1敗は大きな、大きな財産になるはずだ。最近は九州の強豪校の分布図もだいぶ変わってきたが、切磋琢磨(せっさたくま)して力を高め合っていきたい。 (鹿児島実名誉監督)

 ◇久保 克之(くぼ・かつゆき)1938年(昭13)2月10日生まれ、鹿児島県南さつま市出身の80歳。日大を経て、67年に母校・鹿児島実の監督に就任。02年までの監督生活で甲子園に春7度、夏12度出場。96年春のセンバツで春夏通じて鹿児島県勢初の全国優勝。監督退任後に総監督などを務め、現在は名誉監督。甲子園通算26勝18敗。

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