2年連続本塁打王、セ新の月間46安打…村田のプロ生活を振り返る

[ 2018年8月1日 08:30 ]

2007年10月6日、広島戦の9回2死、引退登板の佐々岡(左)から36号ソロ本塁打を放つ横浜の村田
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 ◆03年 1年目から104試合で25本塁打の活躍。三塁に同い年の古木がいたため、開幕当初は二塁手として出場。後半戦から三塁手のレギュラーに定着した。

 ◆06年 打率・266、34本塁打、114打点で初の30発&100打点超えを達成。オフの日米野球に選抜された。

 ◆07年 36本塁打で初タイトルとなる本塁打王を獲得。4人が35本で並ぶ中、最後の一発は引退試合として登板した広島・佐々岡から。

 ◆08年 7月中に30本塁打を達成。北京五輪に日本代表として出場。球団新記録の46本で2年連続本塁打王。

 ◆09年 第2回WBCに日本代表として出場。2試合連続本塁打など好調も2次ラウンドで右太腿裏の肉離れで無念の離脱。

 ◆10年 国内FA権を取得したが行使せず横浜に残留。

 ◆11年 オフに国内FA権を行使し、巨人への移籍を決断した。

 ◆12年 新天地1年目で全試合出場を果たし、自身初の日本シリーズ制覇に貢献した。4番も任されたが、打撃不振もあり本塁打は自己最少の12本。

 ◆13年 7、8月と連続月間MVPなど好調。8月はセ新記録の月間46安打。打率・316、25本塁打、87打点でリーグ連覇に貢献。ゴールデングラブ賞初受賞。

 ◆14年 7月に連続試合出場が676でストップ。8月に通算300本塁打を達成。チームはリーグ3連覇。

 ◆15年 右太腿痛と右肘痛で2度の出場選手登録抹消を経験し、移籍後初めて規定打席に届かず。本塁打も12本にとどまった。

 ◆16年 岡本との正三塁手争いを制し、3年ぶりに全試合出場を果たし打率・302。25本塁打と81打点はチームトップ。

 ◆17年 マギーの加入で前半戦は控え。マギーが二塁に移り、後半は正三塁手として出場。最終的に100安打し打率・262、14本塁打、58打点。オフに戦力外通告を受け自由契約となる。

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