“血のにおい”すら漂う圧倒的熱血漢 明石商・狭間善徳監督

[ 2018年7月28日 20:35 ]

<姫路工・明石商>甲子園出場を決め喜ぶ明石商ナイン (撮影・奥 調)
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 27日、第100回全国高校野球選手権記念大会の西兵庫大会決勝が行われ、明石商が姫路工を6―3で下して夏の甲子園初出場を決めた。過去3年連続決勝で敗れており、「4度目の正直」。ゲームセットの瞬間、ベンチを飛び出し、少年のように飛び跳ね、何度もガッツポーズを繰り出したのが、私の「人生の師」、同校を率いる狭間善徳監督だ。

 私は7年前の同校野球部で主将を務め、狭間監督から「人生」を学んだ1人だ。野球の技術はもちろん、戦術、データ活用、日常生活のあり方から礼儀まで。全て、監督自身が実行していたから、頭に深く刻まれている。

 打撃練習で不甲斐ない打球が続くと選手からバットを取り上げ、手本を見せる。真冬で木製バット。入念な準備で臨んでもつらい状況だが、グラウンドコートを投げ捨てて、「こうや!」とファーストスイングから快音を鳴らしてみせた姿を忘れることはない。

 走塁練習に活気がないと、監督自らヘッドスライディング。泥だらけで走塁の重要性を説かれたこともあった。ノックで手本を見せるのは日常茶飯事で、キャッチボール、ボール回しなど基礎が甘いと特に時間をかけて指導された。当時の監督は50歳手前だ。

 ミーティングは圧巻だ。各大会、各球場に「データ班」を派遣していて、大会前には県内全チームの映像がそろう。それだけじゃない。選手が初めて見る時には、既に、全打者、投手の特徴をインプット済みだ。データを元にベンチから1球1球、指示を出す。あれで何本、安打が増えたか。被安打がどれだけ減ったことか。時には、仕草から性格を読み取り、作戦を組み立てることもあるのだ。

 そこまで野球にかける指導者は他にいるか?根拠は無いが、「狭間監督が日本一」と言い切れる。監督が就任直後の明石商は、「甲子園」などと口にできる状況ではなかったという。ランニングに向かったはずの選手が部室でカップラーメンを食べていたり。グラウンドは雑草まみれ。だぼだぼのユニフォーム。「野球を教える以前の問題」と衝撃を受けたそうだ。そんな弱小高を鍛え上げ、16年に春の選抜出場。そして今年、夏の甲子園初出場に導いた。

 監督の指導を受けた私は「努力」とか、「覚悟」とか、「熱意」という言葉を、軽々しく使わないようにしている。そして、生半可な気持ちで口にする人間を見ると虫ずが走る。汗と涙、時には”血の臭い”がする監督の『本当の努力』を知っているからだ。ほかのOB達も同じだろう。だからこそ、優勝が決まった時のガッツポーズを見た私たちは、震え、涙した。

 4度目の決勝戦でやっと勝ち、インタビューに臨んだ狭間監督は、こう言った。

 「(スタンドに手を向けて)ここに、応援してくれている選手がいる。(全部員)129人。こいつらが本当に、助けてくれて、勝つことができました。そして、ここにいる(ベンチメンバーの)20人。ほんまによう頑張った。ありがとう!十何年前から、“甲子園に行きたい”と思ってやってきた先輩達の思いが、今、やっと実を結ぶことができた。本当にありがとう!」

 真っ先に応援団へ感謝を述べ、ベンチメンバー、最後はOB達への言葉も忘れなかった。前述した、相手チームを偵察する「データ班」にはベンチ入りできなかった3年生が選ばれることもある。試合前日ミーティングの最後には、決まって、「あいつらが暑い中(映像を)撮ってくれたんや。負けるわけにはいかんぞ」と締めた。本気で指導し、本気で勝利を求め、本気で感謝する。それが私たちの恩師だ。

 「人は、批判されてやっと一人前や」。監督のこの言葉を、私は人生の指針にしている。何かを成し遂げようとする者に対し、妬み、ひがみは付きものだ。現に、狭間監督へ否定的な意見もあると聞いた事がある。だが、そんなものは「嫉妬」に過ぎない。結果で黙らせれば、その何百倍もの共感を得るのだ。

 そんな「狭間イズム」を胸に刻む私は、全ての時間で、人生の糧になるよう行動すると決めている。意味の無い休日は絶対に過ごさない。否定的な目を向けてくる人間が現れれば、「一人前に近づいた」とさらに頑張れる。これが、監督に教わった生き方だ。

 選手と同等、いや、それ以上に、闘志を前面に出して戦う狭間監督の姿を、夏の甲子園で見られる。私たちOBは、すでに興奮している。(巻木 周平)

 ◆巻木 周平 兵庫県尼崎市出身の24歳。スポーツニッポン・阪神タイガース担当記者。明石商―駒沢大でともに野球部に所属し、16年に入社

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