【西兵庫】決勝史上初のサヨナラ弾 喜びに沸く東洋大姫路と敗軍の「バンビ」

[ 2018年7月17日 08:00 ]

第59回大会決勝   東洋大姫路4―1東邦 ( 1977年8月20日    甲子園 )

<東洋大姫路・東邦>延長10回2死一、二塁、右越えにサヨナラ3ランを放ち歓喜のナインに迎えられる東洋大姫路・安井(中央、ヘルメットを手を掛けている人物)
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 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 公立高校で野球部の監督をしていた父親と親しかったこともあってか、梅谷馨監督の話をよく聞かされ、いつしか東洋大姫路を応援していた。

 1975年、梅谷監督が副部長から監督に復帰し76年センバツは4強。翌77年夏も甲子園で勝ち進んだ。速球派サウスポー・松本正志は石嶺和彦擁する豊見城との準々決勝こそ3失点するも、今治西との準決勝では延長10回を1―0で投げ抜き、初戦に続く完封を果たした。決勝は「バンビ」の愛称で大人気だった東邦の1年生エース坂本佳一の投げ合いとなった。

 地元校が戦う決勝なのに、5万8000観衆の多くが坂本応援という異様なムード。1―1で迎えた延長10回裏、2死二塁で東邦バッテリーは3番・松本を敬遠し、4番の主将・安井浩二と勝負。カウント3―1から坂本が投じた158球目、外角高めの直球を安井は右翼ラッキースタンドへ運んだ。

 決勝史上初のサヨナラ本塁打。父親とバックネット裏で見ていた小学生の私も大興奮した。本塁をジャンプして踏む安井、喜びに沸く東洋大姫路の選手に対し、淡々とマウンドを降りていく坂本の対照的過ぎる光景は今でも鮮明に憶えている。

 ◆北浦 敬造(大阪本社整理部)1994年入社。兵庫県伊丹市生まれ。準硬式野球部に所属した中学時代に桑田真澄(元巨人)と対戦し自分の野球センスの無さを痛感。

 <兵庫データ>

夏の出場 100回(通算135勝92敗)

最高成績 優勝7回(神戸一中=1919年、関西学院中=20年、甲陽中=23年、芦屋=52年、東洋大姫路=77年、報徳学園=81年、育英=93年)

最多出場 報徳学園(14)

最多勝利 報徳学園(26)

出場経験 30校、うち未勝利11校

 ※データは東兵庫、西兵庫を合算

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