DeNA中後 米国で得た人生の財産 当たり前だった過酷環境「日本は恵まれている」

[ 2018年7月6日 09:45 ]

DeNA入団会見でユニホーム姿の中後(左)は、高田繁GMと笑顔で握手を交わす
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 3年ぶりの再会だった。ダイヤモンドバックス傘下2Aジャクソンを自由契約となり、入団テストを経てDeNAに加入した中後悠平投手(28)。最後に会ったのは、私がロッテ担当だった15年10月。このシーズン限りで戦力外となり、翌年から米球界に挑戦した。DeNAの入団テスト受ける2日前、須賀市内の2軍施設での練習を終えると「ちょっと痩せました?」と右手を差し出してくれた。人なつっこい笑顔は3年前と変わっておらず、安心した。

 6月29日の入団テストでは、シート打撃で打者7人に対して安打性の当たりを1本に抑えた。バックネット裏から見ていたのだが、3年前とかなり印象が変わった。当時は150キロ前後の速球と大きく曲がるスライダーを軸とした力投型。ところが、今はツーシーム、カットボール、チェンジアップを織り交ぜるスタイルにモデルチェンジしていたのだ。

 「向こう(米国)で球を動かす投手にいろいろ話を聞いた。自分は左の変則なので、ゴロを打たせて打ち取ることを意識している」

 異国の地での生活はかなり過酷だったようだ。マイナーリーグは「ハンバーガーリーグ」と言われるが、中後は「ハンバーガーとかピザばっかり食べてると思っているでしょ?そんなに食べないですよ。ハンバーガーはご馳走ですから」。練習ウェアも支給されない。ロッカーにあるウェアを早い者勝ちで手にするので、自分に合うサイズがない時も多く、着てみたら破れていたということも珍しくない。

 移動は全てバス。最長13時間というのは日本では考えられないが「周りの選手もみんな同じ環境で当たり前のようにやっていた。だから、自分も大変だとは思わなかった。ただ、日本は恵まれているなとは思いますね」と振り返る。

 3年ぶりに日本球界復帰を果たし、入団会見では「どれだけ野球をやりたくても、声を掛けてもらえないと続けられない。感謝しかない」と謝意を口にした。「人生の財産」と言う米国での生活で得たものは多い。それでも「自分では“成長したな”と思っていません。自分が成長したかどうかは周囲の人が判断してくれることなので」と言った。

 89年生まれで、今年9月には29歳になる。「年齢的にも若くない。やるしかないですね」。他球団の同学年は、巨人の菅野や小林、広島の田中、菊池、丸、日本ハムの中田、ロッテの元チームメートには唐川、鈴木、益田らがいる。プロ野球選手として一番脂が乗っている年齢で、中後には新天地で一花咲かせてほしい。(記者コラム・重光 晋太郎)

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