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【栃木】初出場で古豪に逆転勝ち 宇都宮南 痛快だった「無欲の勝利」

第65回大会2回戦   宇都宮南2―1高松商 ( 1983年8月13日    甲子園 )

<宇都宮南・高松商>力投する宇都宮南・荒井浩司
Photo By スポニチ

 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 とちの葉の、風さわやかに、晴れわたる、町よいらかよ〜♪「栃木県民の歌」。30年が経った今でも、そらで歌える。母校の応援団で、この曲のリーダーを務めていたからだ。

 83年当時、自分は宇都宮市の中学2年生だった。自宅から最も近くにあった宇都宮南が初出場。それも初戦で、古豪・高松商を逆転で下した。田舎の少年にとって、これほど痛快な出来事はない。0―1の8回に犠飛で同点。9回には1番・沼生のスリーバントスクイズで決勝点を奪った。テレビの前で快さいを叫んだ。翌日のスポニチには「無欲の勝利」の見出しが躍った。

 その後も「宇南」は強かった。86年センバツはエース高村祐(元近鉄、楽天。現ソフトバンク投手コーチ)を擁して準優勝。その高村と同い年だった私は、こちらも自宅から近かった県立石橋高校の応援団員だった。甲子園のアルプスなど夢のまた夢。酷暑の中、県営球場のスタンドで声をからしたのが思い出だ。大量の汗で、学ランは塩で白くなった。忘れがたい記憶。セミの声が今も耳に残る。

 100回目の夏。県勢は昨年まで作新学院が7年連続出場で、公立校は05年までさかのぼらなければならない。その時の代表が宇都宮南。今でも応援団は、栃木県民の歌を歌うのだろうか。

 ◆鈴木 勝巳(東京本社スポーツ部)栃木県栃木市出身。92年入社。高村コーチとは現役時代、取材の際に思い出話に花を咲かせた。石橋高校が17年センバツ21世紀枠の候補になった時には、喜び勇んで取材に駆けつけた。

 <栃木データ>

夏の出場 61回(通算57勝59敗)

最高成績 優勝2回(作新学院=1962、2016年)

最多出場 作新学院(13)

最多勝利 作新学院(25)

出場経験 17校、うち未勝利6校

[ 2018年6月19日 08:00 ]

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