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“メジャーに最も近い男”鹿児島城西・佐々木誠監督の今

高校野球の今、そして次の100回へ(2)

ノックをする鹿児島城西の佐々木監督
Photo By スポニチ

 高校野球とプロ野球界の間には長く「プロアマの壁」が立ちはだかった。風景を大きく変えたのが、13年に始まった学生野球資格回復制度だ。ダイエー(現ソフトバンク)で92年に首位打者を獲得した佐々木誠氏(52)は同制度の研修を受け、今年、鹿児島城西の監督に就任した。プロの元スター選手が高校野球指導の現場に立つ新時代が訪れている。

 自然に囲まれた鹿児島城西グラウンドに最新のヒット曲が響いていた。プロで首位打者にも輝いた佐々木監督がノックバットを振っている。

 「授業が終わったら、みんなすっ飛んでくる。“早く野球やりたい”と思わせている。音楽をかけるのは今の子はリズム感がないから。音楽に乗って動いてくれればいいと思って、好きな曲をかけさせている。怒っても萎縮するだけ。我慢せず、やりたいことをやって強くなればいい」

 昨季までソフトバンク3軍監督を務めたが、育成に重点を置く中で「勝ち負けにこだわりたい」という思いを抑えられなかった。08年からセガサミー、12年からNTT西日本を指揮するなど社会人で9年の指導経験があり「社会人はトーナメント。あの緊張感を味わうと抜け出せない。ドキドキ感というか、常に日本シリーズ3勝3敗で勝てば日本一という感覚。その感覚が忘れられない」と昨年、学生野球資格を回復し、初めて高校の監督になった。

 かつては教壇に立たなければ高校の監督はできなかったが、現在は3日間の研修を受ければ資格を得られる。プロでタイトルを獲るような一流選手は一般的に現役生活も長い。遅い引退の後に教員免許を取得し、教職経験を積むのは非現実的だった。「いま52歳だけど、教えるからには動けるうちに教えないと」。全盛期には「メジャーに最も近い男」といわれた実力者が、スイングを見せるなどして「プロの技」を伝授することもできる。

 現在の制度について「いいことだと思う」と語った佐々木監督。その上で、言葉を続けた。「高校生は人間形成もしなければいけない。(元プロなら)誰でもいいというわけにはいかない」。

 教員免許を持たないため、オファーを受けた際は職員として監督を務めると考えていたが「ふたを開けたら、えらいことになった」と笑う。朝8時20分から朝礼に参加し、助教諭として週に16時間、体育の授業を担当。それでも「めっちゃ新鮮で楽しい。授業で生徒と接することが大事。生徒の素顔が出る。高校の監督をやりたい人は多いけど、職員だと接点がないから難しいと思う」。授業という未知の経験で指導者としての深みを増した。

 自身の水島工(岡山)時代を振り返ると「記憶がない。しんどすぎて怒られすぎて何も覚えていない」。猛練習に加え連日の説教、体罰…。同じ思いをさせたくない。鹿児島城西では時間厳守などルールを守れば丸刈りにしなくていいし、炭酸飲料も飲める。1年生も球拾いではなく「野球」に打ち込む。

 同校サッカー部はW杯の日本代表FW大迫を送り出すなど実績があるが、野球部は甲子園出場がなく、夏は15年などの鹿児島大会準優勝が最高成績だ。「真っ白なキャンバスから、どう歴史をつくるか。呼ばれたからには(甲子園は)使命だと思うけど、一番は一日一日野球が好きで終わってほしい。高校野球の監督って20年とか長くやるけど、やってみて“これは辞めんわ”と思ったよ。子供たちが甲子園に行きたいという気持ちが伝わってくる。何とかしてあげたい」。日焼けした新人監督が生き生きと語る言葉に、高校野球の魅力が詰まっていた。 (渡辺 剛太)

 ◆佐々木 誠(ささき・まこと)1965年(昭40)10月3日生まれ、岡山県出身の52歳。水島工では甲子園出場なし。83年ドラフト6位で南海(現ソフトバンク)入りし92年に首位打者と盗塁王、94年に盗塁王を獲得。西武、阪神、米独立リーグでプレーしNPB通算1599安打、打率.277、170本塁打、638打点。01年限りで引退し、プロのコーチや社会人の監督を歴任した。DeNA・佐野恵太はおい。左投げ左打ち。

[ 2018年6月13日 07:00 ]

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