【南北海道】道勢初日本一 駒大苫小牧、諦めない球児に勇気もらった

[ 2018年6月11日 08:00 ]

第86回大会決勝   駒大苫小牧13―10済美 ( 2004年8月22日    甲子園 )

<駒大苫小牧・済美>優勝を決めた瞬間、マウンドに駆け寄り喜びを爆発させる駒大苫小牧ナイン
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 【スポニチ社員が選ぶわが故郷のベストゲーム】この夏、全国高校野球選手権大会は100回目。ふるさとチームの甲子園での活躍に熱くなった記憶を、北北海道から沖縄まで、今夏の代表校数と同じ56人のスポニチ社員がつづります。

 道産子としてうれしく、勇気をもらった気がした。2004年8月22日の決勝戦。深紅の大優勝旗が初めて津軽海峡を越えた。

 大学進学で実家を離れ、当時は栃木県内のキャンパスに通う3年生。陸上部に所属していたため夏休みも帰省するのはほんの数日で、年々増す、うだるような暑さに参っていた。それでも年齢の近い選手たちが、遠い、しゃく熱の甲子園のグラウンドで必死にプレーしている。出るだけでも凄いのに、ましてや頂点に立とうとしている。まるでテレビに映る親戚を応援するようだった。

 先制され、突き放されても諦めなかった。激しい打ち合いの幕切れは9回裏2死一、三塁。済美・鵜久森淳志の打球が、遊撃を守る佐々木孝介主将のグラブに収まった。この興奮を分かち合いたくて、実家の両親に電話した気がする。

 私は現在、ヤクルトスワローズの担当をしている。3年生で4番として出場していた鵜久森に当時のことを聞くと「よく覚えています。リードしていても、そんな気はしなかったですね」と振り返ってくれた。スタンドの駒苫の応援が鳴り止まなかったそうだ。神宮の室内練習場に向かいながら、そんな話ができる。これもまた、不思議な縁だなと思った。人生は自分次第で何が起こるかわからない。勇気をもらった14年前のことを思い起こしながら、そんなことを考えた。

 ◆細川 真里(東京本社スポーツ部)北海道北広島市出身。大阪本社、名古屋総局勤務を経て、現在はプロ野球ヤクルト担当。

 <北海道データ>

夏の出場 152回(通算72勝150敗2分け)

最高成績 優勝2回(駒大苫小牧=2004、05年)

最多出場 北海(38)

最多勝利 北海(21)

出場経験 46校、うち未勝利27校

 ※データは北・南北海道を合算

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