【高校野球メモリアルイヤー】PL・清原和博 史上初の1試合3発「はっきり覚えている」

[ 2018年5月9日 11:30 ]

1984年享栄戦の9回、PL学園・清原和博内野手は左中間に3本目の本塁打を放つ
Photo By スポニチ

 【阿久悠さんが見たあの夏の記憶】 PL学園(大阪)は1983年夏の「KKコンビ」出現から5季で全国優勝2度、準優勝2度、4強1度の戦績を残した。作詞家・故阿久悠氏がその強さを詩としたのは84年夏、享栄(愛知)に大勝した1回戦。「標的はきまった」と他校の奮起をも促した。4番・清原和博内野手は同戦で大会初の1試合3本塁打。3年間で13本塁打の最多記録を残した甲子園の記憶を聞いた。 (取材・和田 裕司、松井 いつき)

 84年選手権はロサンゼルス五輪閉幕が迫る8月8日に開幕した。PL学園の初戦を見た阿久悠の観戦記にカール・ルイスの名前が出てくる。絶対的強さを陸上4冠の英雄に重ねて称え、挑戦者に「標的」だと示した。

 前年夏、池田(徳島)の「やまびこ」を準決勝でかき消して優勝。4番・清原とエース桑田真澄(元巨人)の1年生コンビが脚光を浴びた。V候補本命となった2年生の夏は圧巻の船出。清原は3回に右方向、6、9回には左方向へアーチを描いた。3本塁打。浪商・香川伸行の5本を抜き去る甲子園通算7号の新記録。清原は「はっきり覚えている試合です。少年野球をやっている時にドカベン香川さんが出てきて、片膝を地面に着いてホームランを打ったり(79年センバツ)衝撃的な活躍をされた。その方の記録を抜いたというのは信じられない気持ちでした」と言い、詩に目を運んだ。

 「凄い詩ですね。あの当時の他の高校生がPLに思っていることを、凄くよく表現している。ひるむか、おびえるか、それとも闘志をたぎらせるか。まさに体感したことです。PLを倒そうというチームと、僕らに完全にのまれて最初から諦めているチームと。試合前から両極端でした」

 甲子園で、次の試合を待つ通路のトイレは1カ所だった。対戦相手と鉢合わせする。ファン目線で握手をねだってくるような選手の心情は、清原には理解しがたかった。「甲子園に出て当たり前で、優勝するのが使命で。僕らにとっては決勝で負けるのも、1回戦で負けるのも同じ1回の負けで変わりはなかった」。強烈な記憶は、むしろ甲子園26試合で3度味わった負けの方にある。2年夏は、決勝で取手二(茨城)に負けた。

 「数カ月前に練習試合をしに行っているんですが、その時は僕らの雰囲気に押されていた。甲子園の夏の決勝で全く別のチームになっていたのはびっくりしました。石田投手(文樹、元横浜)の攻め方もまるっきり違いました。執ように内角に投げられ、それで外のスライダー。超スローボールもありました。型にはめて抑えられましたね」

 単打1本、2三振。配球の妙に屈した。どんな投球術にも揺るがないスイングを会得しようと冬を越す。だが、3年春は伊野商(高知)の渡辺智男(元西武)の剛球に3三振し、準決勝で敗れた。

 「同学年に力でねじ伏せられ、心を折られた感じでした。自分を信じ直すには練習するしかなかった。バットを振って今度はどんなに速い投手でも打てるようにと。甲子園で負けるたび、何かを学んで帰る感じでした」

 最後の夏が来た。準々決勝で甲子園9号。渡辺に勝るとも劣らない高知商・中山裕章(元中日)の速球を叩き、左中間スタンド上部に放り込んだ。「僕が打った一番大きいホームランじゃないですか。中山投手はストレートの握りを見せて、ストレートを投げてきました。甲子園でそういう勝負ができたというのは、そうなかった。(2、3回戦で)本塁打がなく、苦しんでいました。中山投手から打てなければ、ずっと打てないんじゃないかと思って臨んでいました」。重しは外れた。準決勝の甲西(滋賀)戦では2ラン2発を放った。

 迎えた宇部商(山口)との決勝。桑田の連投の疲れは、バックで感じていた。「1人でよく投げていましたし、援護しないと、と思った。彼は練習も僕たちと離れてやっていた。孤独のマウンド…夏の甲子園のマウンドで必要なものを身につけるため、あえて孤独になっていたのかもしれません」。1点を追う4回、同点ソロ。再び1点をリードされた6回、またソロを放って試合を振り出しに戻した。「敗れて、敗れて、全て4番バッターの責任と感じていた。あの試合、目指すべき4番の仕事が初めてできました」。準決勝までに4本塁打を放っていた宇部商・藤井進を抜く1大会5本塁打の新記録。サヨナラで優勝が決まると、次打者席から歓喜の輪に向かった。手放すのを忘れたバットが右手にあった。

 プロ23年でも幾多の名場面を生んだ男が「一番インパクトがあるのは高校の3年間」と言う。聖地を夢見る高校生、特に打者にエールを送った。「自分を信じ直す」ために練習した経験から――。

 「自信とは字のごとく、自分を信じること。自分を信じ切るために何をやるべきか考え、今日やるべきことはやったのかと問いかけて、夏まで一日の無駄もなく過ごしてほしいです。自信がつけばどんな相手も怖くなくなり、初球からバットが振れる。高校野球のような一発勝負は好球必打。ファーストストライクを振ることで、タイミングが合っているか感じられるし、緊張もほぐれます。打撃は難しく考えるほど難しくなる。いかにシンプルにいけるか。ドカベン香川さんが、打った球はどんな球ですか?と聞かれて“丸い球や”と答えた。あの名言が全てだと思います」

 この夏の甲子園は100回記念大会。インタビューの最後に「今年出られるメンバーは幸せ。100回目に出たというのは、のちまでずっと言える。100回の歴史は重いですし、今年甲子園を目指せる人たちがうらやましいですよ」と言い、目を細めた。=敬称略=

 ◆清原 和博(きよはら・かずひろ)1967年(昭42)8月18日生まれ、大阪府出身の50歳。PL学園で甲子園に5季連続出場し、1、3年夏に優勝。85年ドラフト1位で西武入りし、86年は高卒ルーキー歴代最高の打率.304、31本塁打を記録し新人王。96年オフにFAで巨人移籍。04年に2000安打、05年に500本塁打を達成した。同年オフにオリックスに移籍し、08年限りで現役引退。通算525本塁打は歴代5位。

続きを表示

この記事のフォト

「第101回全国高校野球選手権大会 各地区結果」特集記事

「稲村亜美」特集記事

2018年5月9日のニュース