“怪物”松坂の苦悩の日々 引退覚悟で右肩手術 右腕動かなくなったことも

[ 2018年5月1日 10:00 ]

セ・リーグ   中日3―1DeNA ( 2018年4月30日    ナゴヤD )

ファンの声援に応えながらヒーローインタビューに向かう松坂
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 松坂の笑顔の裏には苦悩の日々があった。西武、大リーグ時代を通じて取材してきた野球担当の倉橋憲史デスク(43)が15年の右肩手術以降に表舞台から離れた右腕の本音に迫った。

 15年8月18日の午前9時すぎ。電話の主は松坂本人だった。「今から手術します…」。静寂の待合室からの電話だった。数十秒、言葉を待った。

 「投げられる状態にならなかったら、引退します」

 周囲には絶対に心配をかけたくないと考える選手。レッドソックス時代に一塁ベースカバーに入る際、一塁手の送球を無理な体勢で捕球して腰を痛めたが「肘が…」とうそをついた。痛み止めのボルタレンは通常1錠が25ミリグラムだが、それを100ミリグラム分飲んでマウンドに立ったこともある。「ある意味、痛みをまひさせて投げていた」。そんな男だからこそ「引退」の2文字を私は重たく感じていた。

 昨年3月25日、オープン戦の広島戦で7回を投げノーヒット投球を見せたその夜、腕が全く動かない。痛み止めに睡眠薬も飲んで就寝したが、朝、腕は体にくっついたままだった。目線にある食器すら取れない。「10センチ、20センチ…。ほとんど腕を上げられなかった」と言う。「僕の気持ちを背負わせることはできない」と彼は心を閉ざした。

 昨年10月下旬。映像が送られてきた。「今の僕です」。球速は120キロ程度だったろうか。誰にも見つからない早朝のブルペンで腕を振る姿だった。ようやく私の中でもモヤモヤは消えた。

 今だから言える。「回った病院や治療院の数は20や30じゃないですよ」。岩手から鹿児島まで、良いと評判を聞けば、整体や気功、動作解析の教授まで話を聞いた。トレーニングを行う時間を削り、毎週のように飛行機移動と治療に割いた。「ようやく肩がはまった」と思えたのは残暑のころ。一般への診療を一切行わない、東海地方在住の先生との出会い。「出会えたことが奇跡です」と言った。

 今、松坂には右肩の治療について他球団の選手、コーチからも相談が来る。結果だけではない。松坂がマウンドに立つ姿を、同じ故障に苦しむ野球人がみんな見ている。

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