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がんばっぺ、東北!

閖上中学の慰霊碑に献花する近藤(手前)ら楽天新人選手
Photo By スポニチ

 【君島圭介のスポーツと人間】スポーツ記者という職業柄、出張で全国を回ることが多い。滞在先で立ち寄る書店には地域色が出るから面白い。仙台市内の店先は羽生結弦の関連本が書棚を占拠する。

 平昌五輪に合わせて並んだわけではない。いつのぞいても増える一方だ。仙台出身の「プリンス」が地元の誇りとして、心底から愛されている証しだ。

 広島の店先はカープ関連本で真っ赤だ。大阪は何やら異様に黄色が目立つ。仙台で羽生に負けじと存在感を示すのは楽天のクリムゾンレッドだ。星野仙一監督が率いて東日本大震災の被災地に明るい光をもたらした13年シーズンを境に、楽天は本当に東北から愛されるチームになった。

 今年1月15日に育成を含めた新入団10選手が、震災で甚大な被害を受けた名取市の閖上(ゆりあげ)地区を訪れた。本拠の楽天生命パーク宮城からは車で40分もかからない。この地域ではあの日、700人以上が亡くなり、3930棟が津波で流出した。

 楽天の選手たちをエスコートしたのは当時、地元の中学校で教諭をしていた男性だった。その学校で教え子14人を亡くしたという。彼が語ったのは、その日が卒業式であったことへの痛恨。昼過ぎに下校となり、生徒たちはそれぞれの場所で14時46分を迎えた。

 「校舎は被害が少なかった。通常授業であれば助けられた命だった」

 その教諭が選手たちに手渡したのはある生徒の作文だった。生徒はその日が誕生日だった。「誕生ケーキを買ってきたよ」が、母と妹からの最後の連絡となった。

 ドラフト1位で入団した近藤弘樹投手(岡山商大)は「作文の子は僕と同学年なんです」と絶句した。震災後を記録した映像も上映された。当初は避難所でも元気に走り回っていた子供たちも、時間が経過するに連れて情緒が不安定になっていったという。

 映像の最後には被災地を訪れた楽天の選手たちと子供たちが楽しそうに遊ぶ姿が紹介された。その教諭から「皆さんの活躍は本当に被災者の励みになるんです」と教えられた。

 6位入団の西巻賢二内野手(仙台育英)は福島出身。「今まで楽天の選手に勇気をもらっていた。これからは自分が与えたい。野球を通して笑顔になって欲しい」。東京電力の原発事故が起きた福島では、天気予報の最後に今もその日の放射線量を伝える。震災を経験した子供たちがプロ野球のグラウンドに立つほど時間は経過したが、目に見えない傷ほど大きい。自然に解決してくるほど時間は万能ではない。

 東北高在学中に仙台で被災した羽生は、甚大な被害を前にスケートを続けていいのか迷った。そんな時、同高の野球部員が避難所でボランティア活動しながらセンバツ出場する姿を見て自らの使命に気づき、再び氷上に戻ったという。

 東北高がセンバツ初戦を迎えた日のスポニチ本紙1面には「がんぱっぺ!東北」の見出しが躍った。あれから7年。3月11日がまた近づいてきた。(専門委員)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

[ 2018年2月7日 10:00 ]

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