木田画伯 桑田先輩が自費でリフォーム 快適ルームで築いた成長の土台

[ 2018年1月30日 12:00 ]

桑田氏に感謝する木田画伯
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 日本ハム・木田優夫GM補佐(49)による今回の「木田画伯の球界絵日記」は、新人選手たちの入寮についてです。今から31年前の1987年1月、自身は新人選手として巨人のジャイアンツ寮に入寮。前年まで桑田真澄氏(49=現野球評論家)が使っていた部屋を引き継ぎ、寮生活の中でさまざまなことを学びました。キャンプインを前に当時を振り返って願うのは、寮生活を始めた新人選手たちの大きな成長です。

 皆さん、報道でご存じだと思いますが、年が明けて早い時期に新入団選手7人は千葉・鎌ケ谷の寮に入り、新人合同自主トレをスタートさせています。日本のプロ野球はどの球団も既婚者などの例外はありますが、ほぼ全ての新人選手を寮に住まわせています。

 僕もジャイアンツに入団したときに、神奈川・川崎市にあるジャイアンツの寮に入りました。当時の寮は1軍と2軍では生活する時間帯が違うため、新人は下の階、1軍の中心選手は上の方の階に住んでいました。僕は当然、寮生としては一番下の階(2階)の部屋に入ることになりましたが、実はその部屋は前の年に桑田真澄さんの入っていた部屋でした。桑田さんは僕の1学年上で、まだ2年目を迎えるところでしたが、その年からエースとしての活躍を期待され、上の部屋へ移ったので僕がその部屋に入ることになったわけです。

 桑田さんは、みなさんもご存じだと思いますが、いろいろなことにこだわりを持っている人で、僕が引き継ぐことになった部屋も自費で壁紙やカーペットなどをリフォームしていました。なので、同期の中でも僕だけがきれいな部屋に住むことができたのです。

 その部屋に2年間住んだ後、僕の場合は1軍定着が理由ではなく、ただ年齢が上がったという理由で上の階に移りましたが、その3年目に開幕1軍入りし、年末には寮の建て直しがあり、東京・国分寺市の実家から通うことを条件に退寮が認められました。3年間という高卒の選手にしては短い寮生活でしたが、桑田さんがきれいにしてくれた部屋の他にも、先輩方からいろいろなことを教わりました。

 今年の新人選手も寮生活の中でたくさんのことを学び、成長していってほしいと思っています。 (日本ハムGM補佐)

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