89年以来、茨城県北から甲子園 明秀学園日立が磨いた球際の強さと心

[ 2018年1月27日 10:20 ]

センバツ出場が決まり歓喜のジャンプをする増田主将(左)、細川(中央)ら明秀学園日立ナイン
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 90回目の春、センバツ出場校が決定した。滋賀からは近江、彦根東、膳所が選ばれ、17年ぶりに同一県から3校出場。四国大会8強ながら戦いぶりを評価されて切符をつかんだ高知。関東・東京6枠目で選ばれたのは国学院栃木だった。

 「関東・東京」で選出され、中央学院とともに春夏通じて初出場となったのが明秀学園日立だ。金沢成奉監督は、光星学院時代に坂本勇人(現巨人)らを育て、12年から監督を務める。「能力が高い選手がそろい全国レベルのチームになれると思っていた。ようやく県北から甲子園を実現できた」と感無量と面持ちを浮かべた。

 茨城の県北地域からの甲子園出場は89年の日立工以来。「東日本大震災以降、県北地域に良いニュースがない。日立に勇気を与えてほしい」と誘われ、青森の地からやってきた。「光星に行ったばかりの時は甲子園に出ても青森が相手だと拍手されたり、ばか笑いされたりしたのが本当に悔しかった。だが甲子園で勝つにつれて反応が変わっていった。それをもう1度やらなきゃいけないと思った」と振り返る。大きな壁だったのが常総学院。機動力と手堅さを兼ね備えた常総野球を「超えるには打ち勝つしかない」と光星学院さながらの強力打線を目指してきた。

 しかし16年夏は決勝に進むも常総学院に0―1で敗れ、昨夏は4回戦敗退。「亡霊に惑わされた。光星も田村や北條という高い守備力のある選手がいたから勝てた。俺の野球は組織野球。ルールやサイン、後輩をしっかり守ることが1点を守ることにつながる」と打撃以上に球際の強さと精神力を磨いた。すると昨秋関東大会で初の初戦突破。16年秋の関東大会で1―8で敗れた高崎健康福祉大高崎との準々決勝で真価が発揮された。2点を追う4回2死二、三塁。これ以上失点は許されない場面で、遊撃・増田が中堅を抜けそうな打球を横っ飛びし、間一髪で遊ゴロにするスーパープレーを見せたのだ。「今までの増田なら絶対捕れなかった」という美技で流れを引き寄せると、その裏に一挙6点で逆転。4強入りした勢いで準優勝まで駆け上がった。

 練習を除くと、ナインは1・2キロ以上もある重いバットを軽々と振って強烈な打球を飛ばしていた。ナインの精神面の成長と多くのプロを育てた「金沢流打撃」の融合。初の聖地での躍動に期待したい。(記者コラム・松井 いつき)

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