【星野の記憶】斎藤隆氏 「闘将」の私生活チラリ 勝負師の顔とは一変

[ 2018年1月17日 09:00 ]

星野の記憶10~語り継がれる熱き魂~元楽天・斎藤隆氏

13年の日本シリーズ第3戦、9回を3者凡退で締め、星野監督(右)と握手を交わす斎藤
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 今、私の頭に浮かぶ星野さんは、「闘将」と呼ばれたグラウンドでのユニホーム姿ではない。娘さんら家族の前で優しい笑顔を見せる星野さんだ。メジャーから8年ぶりに日本球界に復帰し、楽天1年目だった13年の夏。腰の状態が悪いと聞いていたので、私がお世話になっていた腰痛治療の先生を連れて、松井稼頭央と一緒に仙台の自宅マンションにお邪魔した。

 その時は今まで見たことがないようなリラックスした表情で、家族の温かい雰囲気が伝わってきた。星野さんはとても優しく、気配りも凄かった。勝負師の顔とは全く違った。

 故郷である仙台に戻り、1年目に星野さんの下で日本一になったことは、最高の思い出だ。楽天入団が決まった12年12月末、新外国人選手とともに仙台市内のステーキ店で食事会があり、私の隣に座った星野さんは「隆、仙台で一緒に頑張るぞ!」と言って、固く手を握った。その年は田中が24勝0敗と獅子奮迅の働きを見せ、他にもAJ(ジョーンズ)やマギーら優勝の立役者はたくさんいた。でも星野さんはいつも「隆がいたからや」とねぎらってくれた。

 私が星野監督の下で初めてプレーしたのは、43歳の時。実は91年のドラフト会議で大洋(現DeNA)とともに1位で指名してくれたのが、中日だった。星野さんが2度目の監督に就任するのは96年だが、もしクジで中日に入団していたら、もっと早く出会えて、一緒に野球ができていたのだろう。でも、現役晩年の2年間だけでも、同じ時間を過ごせたことは私の財産だ。

 現在、私はパドレスの球団アドバイザーを務めているが、機会があれば、MLBで勉強したものを楽天に持ち帰り、ぜひ星野さんの力になりたいと思っていた。その夢がもうかなわないのは、残念でならない。 =終わり=

 《ポストシーズン最年長勝利飾る》 斎藤氏は13年に楽天で8年ぶりの日本球界復帰を果たすと、30試合に登板し、3勝0敗4セーブ、防御率2・36をマーク。ロッテとのCSファイナルステージ第4戦では43歳8カ月でポストシーズン最年長勝利を飾り、日本一に貢献した。メジャーでもポストシーズンに4度出場するなど経験豊富な右腕は、成績以上に、投手陣のリーダー的存在として、田中、則本ら若手をサポートした。

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