星野監督「責任は監督の私」…メダルなしに終わった北京五輪

[ 2018年1月8日 05:30 ]

星野監督(右)のもとで選手として北京五輪に出場した現侍ジャパン・稲葉監督
Photo By スポニチ

 【北京五輪VTR】

 07年1月に日本代表監督に就任した星野監督は「金メダル以外いらない」と公言し、同年12月のアジア予選を全勝通過して08年8月の本大会に臨んだ。

 予選リーグは初戦でキューバ相手に黒星。続く台湾戦は稲葉の決勝適時打で勝利し、勢いをつかみかけたが、第4戦で韓国に逆転負け。第5戦は再び稲葉のソロ本塁打でカナダを下したが、最終・米国戦に敗れて4勝3敗の4位通過となった。準決勝は韓国戦。不調の岩瀬が決勝点を与えて敗れ、3位決定戦も米国に黒星。日本は2大会ぶりにメダルなしに終わり、帰国後に星野監督は「五輪は強いものが勝つのではなく、勝ったものが強い。責任は監督の私にある」と総括した。

続きを表示

この記事のフォト

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2018年1月8日のニュース