【決断】広島・江草 若手の台頭に「消えていくしかない」

[ 2017年12月12日 08:30 ]

9月27日、ウエスタン・阪神戦で引退試合の登板を終え、佐々岡コーチ(右)に肩を抱かれ涙ぐむ江草
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 野球で泣いたのは、プロ入り後、初めてのことだった。広島・江草が15年間の現役生活に終止符を打った9月27日のウエスタン・リーグ、阪神戦。同じく引退試合に臨んでいたかつての盟友・狩野と1打席限定で真剣勝負をした。渾身(こんしん)の134キロ直球を投げ込み、結果は左翼線二塁打。慣れ親しんだ甲子園のマウンドを降りると、涙が自然と頬を伝った。

 「プロは負けても終わりじゃない。負けても打たれても、また次の日がある。でも、あの日は本当に最後だったので」

 引退しようと思ったのは今年が初めてではない。8試合の登板に終わった昨季もシーズン途中から何度となく頭をよぎった。「体がしんどかったというのが一番。痛いところが増えてきた。出番も減って成績も伴わなかった」。思いとどまったのは連覇を目指すチームの戦力になりたかったからだ。05年に阪神でリーグ制覇した時は中継ぎの一角として貢献。桟原、橋本、江草の頭文字を取り「SHE」として投手陣を支えた。あの喜びを再び味わいたい。球団から契約更新の意向を受け、現役続行を決断した。

 「強いチームでもう一回、優勝の輪に入りたい。契約をしてくれるなら、もう1年やってみようと思った」

 思い通りにはならなかった。今季中盤に調子を上げた時期もあったが、長く続かない。「いつもなら、その感覚の後もう一段階上がる。でも、その状態になる前に打たれだしてしまった。それで限界なんだな…と」。8月。自らと向き合い、けじめをつけた。若手の台頭も決断を後押しした。ブルペンで同じ左投手と並んで投げると、球質や球威が劣っていることを感じるようになった。中でも1年目・高橋昂の投球には圧倒された。

 「何か全然違う。ショックというか、消えていくしかないな…という感覚だった」

 折しもチームは連覇を目指して一直線の時期。広島県福山市生まれで生粋のカープ男子は、偉業に水を差したくはなかった。阪神に勝ち、優勝を決めたのは9月18日。その2日後に会見を開いた。人懐こい心優しき左腕らしい気遣いだった。

 今後は広島市内でリハビリ型デイサービス事業所を経営する。来年にはロンドン五輪バレーボール女子で銅メダルを獲得した佳江夫人との間に第2子が誕生予定。15年間、ブルペンを支え続けたように家族を支えていく。(柳澤 元紀)

 ◆江草 仁貴(えぐさ・ひろたか)1980年(昭55)9月3日、広島県福山市生まれの37歳。盈進、専大を経て、02年ドラフト自由枠で阪神入団。シーズン50試合以上登板を4度こなした。11年5月にトレードで西武移籍。12年3月に再びトレードで移籍した広島では6年間で通算52試合に登板した。1メートル78、83キロ。左投げ左打ち。

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