巨人ドラ1鍬原 契約金1億円で母に家を買う 自分には「ちょっといいお肉」

[ 2017年11月16日 05:30 ]

巨人と仮契約を結び、東京ドームを背にガッポーズする鍬原
Photo By スポニチ

 巨人からドラフト1位で指名された中大・鍬原拓也投手(21)が15日、東京都内のホテルで入団交渉に臨み、最高条件である契約金1億円(プラス出来高払い5000万円)、年俸1500万円で仮契約を結んだ。最速152キロを誇る即戦力右腕。女手ひとつで育ててくれた母親への恩返しとして、マンションをプレゼントするプランを明かした。

 契約書には「0」が8個もあった。入団交渉の席で提示された契約金は1億円。鍬原は「これがドラフト1位かと。見たことがない金額だったので、緊張しちゃいました」と驚いた。手にしたものの大きさを改めて実感した瞬間だった。

 3歳で両親が離婚。母・佐代子さん(48)が女手ひとつで育ててくれたが、経済的には苦しかった。奈良県橿原市で、母と妹と家賃4000円の平屋の市営住宅で生活した。6畳の部屋が2つと倉庫を改造した12畳の部屋があり、親子3人は川の字で寝ていた。生活費を切り詰めながら野球を続けさせてくれた佐代子さんに「家や車を買ってあげる」と約束していた。

 やっと恩返しができる。「僕は物欲がないので。これからどんどん親孝行していきたい」。自分へのご褒美には全く興味がない。強いて言えば「ちょっといいお肉を食べたい」。母との二人三脚でつかみ取ったビッグマネーで、家をプレゼントしようと考えている。「一軒家ではなくマンションで」。少年時代の約束を果たす。

 プロ野球は夢のある世界だ。成績を残せば巨万の富を手に入れることができる。1年目の目標は「新人王のタイトルを獲りたい」。さらに「息の長い選手になりたい。(元中日の)山本昌さんのように50歳まで投げるのは無理かもしれないけど、そこまでやってみたい」と言った。新調したグラブの刺しゅうに使った糸の色は、母の好きな紫色にした。「これからが自分のスタートライン」と鍬原。“レジェンド”と呼ばれる日まで、母への恩返しを続けていく。 (重光 晋太郎)

 ◆鍬原 拓也(くわはら・たくや)1996年(平8)3月26日、岡山県生まれの21歳。3歳で奈良に転居して小3で野球を始め、中学時代は橿原磯城シニアに所属。北陸(福井)では1年夏からベンチ入りし2年秋からエース。甲子園出場なし。中大では1年春からリーグ戦に登板し通算44試合で11勝13敗、防御率3・38。1メートル77、76キロ。右投げ右打ち。

 ≪鍬原の苦労アラカルト≫

 ◆グラブ 中学3年間は同じグラブをボロボロになるまで使い続けた。壊れてしまっても新しいものを買ってほしいとは言えず、入学時に買ってもらったグラブを何度も修理に出しながら愛用していた。

 ◆遠征費 少年野球時代に遠征費が足りないことがあり、母が近隣の家を回って「息子に野球をやらせてあげたいので、募金をお願いします」とカンパを頼んでお金を工面した。

 ◆洋服 毎月のお小遣いはなく、新しい服を買うのは年1回だけだった。貯金を切り崩して生活していた母は自分の服を買うことはなく、息子のお下がりのTシャツを着ていた。

続きを表示

この記事のフォト

「第91回(2019年)選抜高等学校野球大会」特集記事

「稲村亜美」特集記事

2017年11月16日のニュース