独立L、台湾、欧州…井川の同僚・杉尾拓郎“愛する人のため”波瀾万丈な野球人生

[ 2017年10月19日 09:00 ]

兵庫ブルーサンダーズの杉尾投手(左)と妻の由以子さん(右)に挟まれて、幸せそうな長男・竜胆くん(中)
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 野球に人生を捧げる人たちがいる。何もプロ野球選手だけではない。今年、元阪神のエースだった井川慶投手を取材しに、私は何度か関西独立リーグのベースボール・ファースト・リーグ、兵庫ブルーサンダーズを訪れた。そこで出会ったのが杉尾拓郎投手(31)だ。聞けば聞くほど、波瀾万丈な野球人生だと思った。

 九州共立大では2年で自主退部。野手から投手に転向しようと思い、自主練習を積むために退部した。卒業後には独立リーグの香川オリーブガイナーズでプレー。2年間で契約は打ち切られたが、「昔からの夢でもあった海外でのプレーを考えた」という。

 そのため、台湾に単身で乗り込み、英語のプロフィルを自らつくり、日本人コーチに声を掛けて、何とか入団テストまでこぎ着けた。だが、「若すぎる」という衝撃的な理由で断られた。「今思うと、すごい無茶なことをしていたと思います」。それでもあきらめない。

 地元・熊本の企業でラーメンの製麺加工の仕事をしながら資金を貯めて、14年にオーストリアの代表チームを率いる坂梨監督の紹介で、オーストリア野球リーグのハード・ブルズで選手兼任監督に就任。翌年にはドイツにも渡った。さらにオランダでプレーするつもりだったが、当時、不安が広がっていた「イスラム国」(IS)の影響で断念。その年、熊本地震もおこり、次の所属先である兵庫ブルーサンダーズに入団したのは9月のことだった。

 話を聞いているだけで、頭の中が地球を何周もした。しかし、ふと思った。家族もいるはずなのに。

 「妻はすごくポジティブな人間なので。ぼくが野球を辞めるというほうがびっくりするかもしれません」。

 妻の由以子さん(31)とは熊本で知り合い、13年に結婚。翌年、渡欧する際には、8カ月の長男・竜胆(りんどう)くんも一緒に移り住んだ。

 野球好きでないと、なかなかできない。いや、野球好きでもここまでできるか。

 由以子さんに話を聞くと、「苦労した思いはないんです。周りの方にもサポートしていただきましたし、結婚するにあたって、海外で野球をすることも2人の目標にしていたので、早い段階で1つクリアできたんです」と屈託なく笑う。学生時代はバレーボールにも打ち込み、スポーツ選手の気持ちが理解できるのだという。

 ただ、本当に困ったのは、兵庫に入団後かもしれない。兵庫が所属するベースボール・ファースト・リーグは無報酬。契約金もなく、井川も当時は「0円契約」として話題を集めた。杉尾投手も、三田では野球教室などのアルバイトで食いつないだ。その間、由以子さんは熊本に残り、ヤクルトレディーとして働いていた。家族の生活費を稼ぐためでもあった。

 それでも何度か、関西で野球をする夫の登板を見に来た。そして、今年はうれしいことがあった。「サッカーをやる」と話していた息子の竜胆くんが、父のマウンド姿を見て「野球をする」と心変わりしたという。「これから楽しみですね」と笑う由以子さんの顔は、本当に幸せそうだった。

 杉尾投手は今季限りで兵庫を退団。「子どもの将来のことも考えると、無給で続けられるか不安がある」と本音を明かしたが、「来年は外国でやることを前提で考えています」と、今後についてはキッパリと語った。

 果たして、夢は何なのか。

 「妻に恩返ししたいのが一番です。恩返しするためには、満員の球場で投げている姿を見せたい。そう考えると台湾がいいのかな、と思っています」。愛する人のために投げる。素晴らしい野球人生かもしれない。妻はもちろん「ついて行きます」と言う。素晴らしい人生だと思う。(鶴崎 唯史)

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