【石井一久 クロスファイア】中日・岩瀬で思い出した「メジャーの師匠」

[ 2017年8月16日 09:43 ]

メジャーで最初の「師匠」を努めてくれたオロスコ
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 中日の岩瀬が今月6日、通算950試合登板のプロ野球記録(現在951)を樹立した。その時、大リーグ記録も新聞に載っていたが、記録保持者は実は僕のメジャーでの最初の「師匠」だ。通算1252試合に登板したジェシー・オロスコ。とてつもない記録で、20年間、毎年60試合に登板しても及ばない計算だ。

 チームメートだったのは、ドジャース1年目の02年。オロスコは当時45歳ながら、中継ぎ左腕としてブルペンに欠かせない投手だった。開幕直前のこと。「イシイは私が面倒を見る。ロッカーを隣にしてくれ」と用具係に頼み、1回り以上も年下の僕の教育係を買って出てくれた。「メジャーの流儀」をいろいろ教わり、オロスコ自身はほとんど打席に立ったことがないのに打撃のアドバイスまでしてくれた。

 若い頃は抑えとして活躍し、メッツ時代にはワールドシリーズ制覇の経験もある。実績があり、人格も優れていたので、みんなリスペクトしていた。僕がメジャー初登板初勝利を挙げた試合でも登板し、試合後に「日本ではいっぱい勝っているかもしれないけど、メジャーはここからがスタートだぞ」と、肩を抱かれたことを覚えている。

 見た目は普通のおじさんで、私服はポロシャツとジーンズ。でも、体の強さは半端なかった。バネのような体で、僕と一緒に走っていても速さは変わらない。体の柔軟性もあるので、ケガとはほとんど無縁。46歳で引退したが、メジャー24年間で、故障者リストに入ったのは43歳だった00年のたった一度しかない。

 45歳の誕生日には、ユーモアたっぷりにチームメートみんなでつえをプレゼントした。岩瀬のプロ野球記録で、久々に思い出したオロスコ。今は一体、何をしているのだろうか。きっと、ブルペンでよく見た光景のように、5、6人を集めておしゃべりしているのだろう。(スポニチ本紙評論家)

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