日本通運 阿部、史上5人目ノーヒッター 東京D開催で初快挙

[ 2017年7月22日 05:30 ]

第88回都市対抗野球第8日・2回戦   日本通運2―0パナソニック ( 2017年7月21日    東京ドーム )

<日本通運・パナソニック>ノーヒットノーランを達成し、ナインと抱き合って喜ぶ日本通運・阿部(右から2人目)
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 日本通運(さいたま市)の阿部良亮投手(24)が、パナソニック(門真市)との2回戦で無安打無得点試合を達成した。2011年に森内寿春(JR東日本東北)が完全試合を果たして以来6年ぶり5人目の快挙。東京ドームでの開催では史上初めてとなった。チームは2―0で勝ち、東芝(川崎市)、西濃運輸(大垣市)とともに準々決勝に進んだ。

 9回2死走者なし。阿部は29人目の打者に122球目を投げ込み、外角低めいっぱいにツーシームを決めた。見逃し三振でノーヒットノーラン達成。「ノーヒッターは野球人生で初めて。驚いていますし、出来過ぎ。記録は意識しないようにしたけど、後半はずっと意識していた」と興奮気味に振り返った。

 低めの投球を貫いた。最速140キロの直球に打者の手元で沈むツーシームを投げ分け、110キロ台のカーブも織り交ぜて緩急を生かした。2四死球で唯一のピンチとなった5回1死一、二塁では連続三振で切り抜け「ノーヒットだな」と気づいた。8回2死では顔付近に飛んできた強烈なライナーを「痛かった」と言いながらも好捕。藪宏明監督は「(ノーヒットノーランを)するようなピッチャーではない。まさかやるとは」と驚いた。

 エリートコースを歩んできたが、日陰の人生でもあった。浦和学院時代は「甲子園(1年時の夏)ではスタンドだった」と振り返り、3年時もエースではなかった。東洋大時代も「2年の時に2部に落ちたし、1部では0勝」。それでも大学では1学年後輩のヤクルト・原樹の兄貴分。部屋も一緒で投手のイロハを教え、尊敬されている。今も原樹の先発前には「頑張れよ」とメッセージを送る。

 15年に日本通運入社。2年目の昨年、都市対抗と日本選手権で登板して頭角を現したが、今年は6月の南関東予選後、不調に陥った。力で抑え込もうとして球が高めに浮き、オープン戦では1イニングで4失点することもあった。「補強選手も合流するし、他に良い投手もいる。抑えなきゃと思いプレッシャーがあった」。メンバー落ちの危機にあったが、大会前最後のオープン戦で中継ぎで3回無失点と結果を残して今大会2試合目で先発起用され、快挙を成し遂げた。

 11年に完全試合を達成したJR東日本東北の森内(現西武スコアラー)は快挙をきっかけに、同年ドラフトで日本ハムに5位指名された。阿部も「野球をやっている以上はプロを目指したい」と言う。夢をかなえる前に、名門を53年ぶり2度目の頂点に導く。(原田 真奈子)

 ◆阿部 良亮(あべ・りょうすけ)1992年(平4)9月7日、埼玉県生まれの24歳。中学時代は八潮シニアに所属。浦和学院では3年春の関東大会で優勝。夏は埼玉大会準決勝で敗退した。東洋大では1〜2年は1部リーグでプレーも3年春から2部リーグに降格。15年に日本通運に入社。1メートル81、80キロ。右投げ左打ち。

 ▼ヤクルト原樹 とにかく凄い人。キャッチボールから私生活まで、全て阿部さんを見習った。春に「今年は調子が凄くいい」と聞いていた。ノーヒットノーランは凄い。うれしいけど、阿部さんならこれくらいやって当たり前の投手だと思います。

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