木田優夫氏 森慎二コーチとの思い出明かす「野球人として尊敬できた」

[ 2017年6月30日 08:45 ]

木田氏
Photo By スポニチ

 現在(仕事で)米国に滞在していて、コーチを休養したことも知らなかった。突然、亡くなったことを聞いて驚いているところです。

 彼とは(石川ミリオンスターズで)2年間一緒。特に2年目はGMと監督という立場で一緒に戦った仲間でした。お酒とカラオケが好きで、人間的には本当に穏やか。勝負師としては思い切りがよく、野球人として本当に尊敬できた。

 投手としてはメジャーに挑戦したけれど、肩を壊して苦しんでいた。それでも本人は(NPBなどで)現役復帰することにこだわっていました。僕が石川に移籍したとき、球団の社長から「うちで一番、トレーニングをしているのは森慎二だよ」と教えてもらいました。全体練習が終わった後も、いつも残ってトレーニングをしている。そんな姿を覚えています。

 一番の思い出は僕の引退試合で、8、9回を2人で投手リレーしたこと。監督としても、僕がGMになって「とにかく勝つことよりも、選手をNPBに送り込むことを優先しよう」と方針を示したとき、それを受け入れてすべてを選手のためにやってくれました。

 年齢は6歳違うけれど、実は同じ9月12日生まれ。しかも、身長、体重もほぼ一緒で、NPBで挙げた50セーブも同じだった。独立リーグだとGMや監督といっても、スポンサーを回らなければならない。例えば、球団行事で会食などがあると、僕が苦手だったお酒やカラオケといった部分を引き受けてくれた。オフには、自分が司会をして「森慎二ディナーショー」を開催したこともありました。あの2年間は本当に2人で一緒にいる時間が長かった。

 あいつは、石川に行って結婚した。だから、「木田さんも石川で結婚して下さいよ」と言われました。まだ、42歳なのに…。残念だし、寂しすぎる。(日本ハムGM補佐)

続きを表示

この記事のフォト

「第91回(2019年)選抜高等学校野球大会」特集記事

「稲村亜美」特集記事

2017年6月30日のニュース