【悼む】若菜嘉晴氏 酒も含めて永射らしい人生だった

[ 2017年6月25日 05:35 ]

西武時代の永射氏(1979年)
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 死に目には会えなかったが、病院に駆けつけた時はまだ体が温かく、いい顔をして亡くなっていた。永射とは同じ1953年生まれ、71年ドラフト同期生でもあった。太平洋、クラウン時代はバッテリーを組み、77年には2人そろって球宴にも出場した。

 現役時代から有名な酒豪。飲むことが趣味、ストレス発散の最大の方法で、2人でよく遊びに行ったが、中洲では5階建てのビルなら上から下までハシゴ酒する勢いだった。それでも、練習では人一倍、走っていた。機関車並みに走るから、付いたあだ名が「D51」。強じんな足腰があったからこそ、あの変則フォームでもやれた。

 酒さえ飲まなければという人もいるが、たとえ酒で命を縮めたとしても、それも含めてヤツらしい人生だったと思う。よく「俺は元々本格派」と言っていたから、天国では上から投げてバタバタ三振取っているんじゃないかな。(スポニチ本紙評論家)

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