松坂 WBCは6戦6勝「自分を信じることができなければ戦えない」

[ 2017年2月16日 08:30 ]

歴代侍の金言=ソフトバンク・松坂大輔

WBC2大会連続のMVPに輝いた松坂
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 3月開催の第4回WBCで世界一奪回を期す侍ジャパン。元代表の首脳陣、選手それぞれに経験や思いがあり、そのすべてが現侍ジャパン戦士への金言となる。最終回は06年の第1回大会、09年の第2回大会で2大会連続MVPに輝き世界一連覇の立役者となったソフトバンクの松坂大輔投手(36)。日の丸への熱い思いを語った。

 6試合すべてに先発登板して6勝0敗、防御率1・95。06、09年大会に出場した松坂の成績だ。右腕にとってWBC、そして日本代表の戦いは何を意味していたか。

 「僕にとって、日の丸をつけた戦いに損得といった考えは一切なかったですね。日の丸を背負って投げたいという純粋な思いだけだった」

 その裏には、本人にしか知り得ない葛藤があった。06年大会は決勝・キューバ戦の当日朝に首に違和感が走った。それでも、鹿取義隆投手コーチにも「行けます」とだけ話して、4回4安打1失点。連覇を果たした09年大会は股関節付近に違和感を抱えたが、その箇所に負担をかけない投球フォームで投げ続けた。 「万全といえる状態でマウンドに上がった記憶はあまりないです。故障といえば大げさですが、多少のコンディション不良があっても、力になれると思ったし、チームの力になりたかった」

 大会終了まで、コンディションの細部は明かさなかった。現在の球団、選手、そして代表の関係の中で考えれば、異様にも映る覚悟があった。

 松坂がレッドソックスから出場した09年を最後に、13年大会、そして今回とメジャーの日本人投手の参加はない。

 「僕がWBCに出場した後、納得してもらえる成績をチームで残せなかったことが、今のメジャー球団、そして選手の意識に影響を与えていると考えた時には、素直に責任を感じています」

 09年シーズン以降は、右肘手術やソフトバンク移籍後も右肩手術など、故障が続いた。今も1軍のマウンドに戻るために戦っている途上である。

 ただ、選手に苦渋の決断を迫られる現状については思うことがある。

 「僕が代表チームに呼んでもらった時は、自分が出たいかどうかがすべてだった。日の丸に対する距離感は、選手それぞれだと思うが、日の丸のために戦いたいと思う選手が集まる代表であってほしい。さらに言えば、選手が自分の判断で出場の可否を決められる、選手の思いを大切にする大会になってほしい」

 田中(ヤンキース)、前田(ドジャース)らは出場への思いを抱えながら、所属球団含めた関係者との協議の上で不参加が決まった。ファンにも釈然とした思いが残る。未来へも自然と目が向く。

 「野球少年が将来、“侍ジャパンのユニホームを来てWBCに出たい”と心から思ってもらえる大会でないといけない」

 100%を傾けた代表、そして大会への偽らざる思いである。

 松坂は当時の世界一連覇メンバーについて「各球団の主力でありながら、全員が投げたい、役割を全うしたい、と考えていた」と語る。松坂やイチロー(マーリンズ)が背負った覚悟は、田中やダルビッシュ(レンジャーズ)へ伝わり、チームの団結力へつながった。

 世界一奪回のために何が必要か。09年当時、松坂はこう話していた。

 「自分を信じることができなければ戦えない。そして、チームからの信頼は得られない」

 時が流れても色あせることのない金言である。(倉橋 憲史)=終わり=

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2017年2月16日のニュース