三足のわらじ履く父へ 巨人ドラ6大江 最大の恩返しを

[ 2017年1月25日 10:30 ]

17年版球界新士録

男手一つで育ててくれた父へ恩返しを誓う大江
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 寒風吹きすさぶ川崎市のジャイアンツ寮。5日に入寮したドラフト6位・大江の首元には黒とグレーの2色で彩られたマフラーが巻かれていた。「父からもらったものです。家を出る時に“頑張ってこいよ”と送り出されました」

 3人きょうだいの末っ子として生まれ、野球を始めたのは5歳。同じ左投げでイーグルス座間の監督だった父・広志さん(54)から教わった。小学生の頃は腰に太いチューブを巻き付け、重りとなった広志さんを引っ張りながら走り下半身を強化。投球のテークバックは「窓を拭くイメージで」と指導された。

 小学校3年の時、両親が離婚。広志さんが母親役にもなり、3人を育ててくれた。食事の支度から弁当作り、ユニホームの背番号の縫い付け。試合の日は誰よりも大きな声で励ましてもらった。「父にはあまり怒られたことがない。本当に尊敬できる存在でした」

 父、母、指導者の「三足のわらじ」を履く広志さんの支えもあり、二松学舎大付では1年夏、2年春と2度の甲子園を経験。2年秋の東京都大会2回戦では清宮擁する早実相手に177球を投げ抜き、12奪三振で2―1のサヨナラ勝ちを収めた。最後の夏は聖地を踏めなかったが、1メートル73と小柄な体をめいっぱい使って繰り出す直球は最速149キロにまで達した。

 「父への恩返しはまだ決めてないけれど、喜ぶものを買ってあげたい」と照れくさそうに笑う18歳。ただ、最大の恩返しは1軍の舞台で活躍することと分かっている。「一流と呼ばれる選手になりたい」。憧れは同じ左腕の杉内。小さな大投手を目指し、大江の挑戦が始まった。 (徳原 麗奈)

 ◆大江 竜聖(おおえ・りゅうせい)1999年(平11)1月15日、神奈川県生まれの18歳。座間南中では「横浜ヤング侍」のエースとして全国大会16強。二松学舎大付2年春の甲子園では松山東(愛媛)に初戦敗退も、毎回の16奪三振を記録した。1メートル73、78キロ。左投げ左打ち。

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