クリスマスに思う「幸せ」

[ 2016年12月24日 09:54 ]

対談する前朝日放送(ABC)アナウンサーの清水次郎さん(左)と競泳の白井璃緒選手(2016年12月21日、宝塚東高体育館)
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 【内田雅也の広角追球】体育館は満杯、900人以上の高校生を前に清水次郎さん(45)は「きれい事ではなく」と語気を強めた。「皆さん全員が周りの人を幸せにできる、その1人になれるのです。もっと自分を好きになってください」

 12月21日、兵庫県立宝塚東高校で行われた講演。同校2年に在籍する競泳女子背泳ぎで東京五輪代表候補の白井璃緒さん(17)との対談もあった。同校全クラブが企画した学校活性化活動の一環だった。

 清水さんは大阪の朝日放送(ABC)で阪神戦や夏の高校野球甲子園大会で実況を務める看板アナウンサーだった。今年6月に同局を退社、兵庫県の公立高校教員採用試験に合格し、来春から社会科(地歴)教諭として教壇に立つ。

 「教師になりたかった理由」も少しだけ盛り込んだ。「皆さんに自分の力に気づいてもらい人生を歩んでもらう。そのお手伝いをしたかった」。犯罪や自殺など少年少女の事件を耳にする度に心を痛め「なぜ、若くて未来があるのに」と数年前から通信教育で教職課程を履修していた。

 「生きる喜び」として講演で例に出したのは、お菓子作り、祖父へのマッサージ、数学のアドバイス、上手な掃除、マネジャーの野球スコア付け……など、日常のごく小さな行為だった。「誰もが身近なところで力を発揮しているんです。周りを幸せにし、それを自分の幸せと感じられれば、と願います」

 これは真実である。何でもない日常のなかに幸せは潜んでいる。

 「本当に大切なものは煙のようなもの」と映画『スモーク』(1995年公開)の宣伝文句にある。「心が渇いた時に何度でも味わいたくなる」。人生は煙のように、はかなくつらいが、きっと笑うこともある。そんな希望が詰まっていた。

 クリスマスが近づくとこの映画を思い出す。ニューヨーク・ブルックリンの街角にあるタバコ屋の店主と客との日常が描かれている。妻を亡くしてから書けなくなった作家が、店主から聞いた、心温まる実話をニューヨーク・タイムズに書く。

 話とは、店主があるクリスマスイブ、独り暮らしの老年女性の家で、孫としてワイン付きのディナーを楽しむといった内容である。盲目の彼女が勘違いしたのだった。

 話を聞いた作家が「それは善き行いだよ。君は善いことをしたんだ」と感じ入る。「彼女を幸せな気持ちにさせたんだ。生きていることの価値だ」。店主はこの賛辞に心から満足する。

 原作はポール・オースターで映画では脚本も担当している。原作の短編『オーギー・レンのクリスマスストーリー』は『翻訳夜話』(文春新書)でも村上春樹、柴田元幸両氏の翻訳で読める。

 野球好きで有名なオースターは、映画の冒頭でニューヨーク・メッツにかんする客同士の会話を用い、店主が作家に話をする店にはブルックリン・ドジャースの写真が飾ってあった。

 生きていれば、小さな偶然や奇跡が起きて、幸せにつながっている。清水さんの主張はオースターの作品につながる。

 最後に小さな偶然を一つ。『スモーク』が懐かしくなり、宅配DVDを借りた。この時にネットで検索すると驚いた。いま、デジタルリマスター版となって、東京の恵比寿ガーデンシネマなどでリバイバル上映中と知った。年末年始にかけて、大阪など全国で上映されるそうだ。(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや)1963年2月、和歌山市生まれ。小学校卒業文集『21世紀のぼくたち』で「野球の記者をしている」と書いた。桐蔭高(旧制和歌山中)時代は怪腕。慶大卒。85年入社以来、野球担当一筋。大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』は丸10年を終え、来季11年目を迎える。

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