【決断】オリ白仁田 「見せたかった」最後の雄姿 トライアウトが“引退登板”

[ 2016年12月23日 08:40 ]

決断2016ユニホームを脱いだ男たち=オリックス・白仁田寛和投手(31)

オリックスに移籍した昨季、自己最高の成績を収めた白仁田。社会人として第二の人生をスタートを切る
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 決断したのがいつだったのか、白仁田の記憶は曖昧だ。11月12日に12球団合同トライアウトを受験。NPB球団から声が掛からず引退を決断するのが一般的な流れだが、「戦力外を受けたときに、ある程度は覚悟していた」と振り返る。

 トライアウトを受けるかどうか、最後まで悩んだのは「ファンの方にも見に行きますと言われて。嫁さんもそうだったし、応援してくれた方々に見せたかったのもあった」とも言う。白仁田なりの引退登板でけじめをつけた格好だった。

 07年大学・社会人ドラフト1巡目で、福岡大から阪神に入団。1メートル88の長身から投げ下ろす直球は威力があり、将来を嘱望された右腕だった。

 「ドラフト1位の重圧とか、阪神だからとか、当時はなかった。純粋に野球がうまくなりたくて入ったので、ワクワクした気持ちが強かった」

 しかし、ケガに泣かされた時期が長すぎた。プロ入りしたときも右肩痛のリハビリからスタート。今季は4度も左足を故障するなど、マウンドに立てる時間が短かった。「それも能力だと思う」と受け入れるが、残念ながら本来の能力は発揮できなかった。

 意地を見せたのは昨年だ。阪神での7年間では6試合で1勝0敗1ホールドだったが、14年オフにオリックスにトレードで移籍。15年は自己最高を大幅に更新する43試合に登板し、2勝2敗2ホールドと躍進した。

 「最後のチャンスだと思ったのもあったし、のびのびとやらしてもらった」と感謝。阪神では今オフ、筒井(自由獲得枠)、小嶋(希望枠)、二神らドラフト1位クラスが相次いで現役引退したが、白仁田はやりきった思いもあって、9年間のプロ野球生活に幕を閉じた。

 1月の自主トレ中に、街中で96歳の女性が倒れているのを発見し、小松らと救助。白仁田が自宅まで背負ったことが話題を呼んだ。第二の人生は、一般企業への就職を目指し、現在は就職活動中。優しく気配りのできる白仁田なら、きっと立派な社会人になるだろう。 (鶴崎 唯史)

 ◆白仁田 寛和(しらにた・ひろかず)1985年(昭60)10月2日、福岡県出身。糸島から福岡大に進学し、3、4年春にベストナインを獲得。07年大学・社会人ドラフト1巡目で、阪神に入団した。14年オフにトレードでオリックスに移籍。通算56試合で3勝2敗、防御率3・86。右投げ右打ち。1メートル88、86キロ。

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