【決断】オリ小松が悟った“引き際” 唯一の後悔はローテー復帰断念

[ 2016年12月9日 10:00 ]

決断2016ユニホームを脱いだ男たち=オリックス・小松聖投手(35)

引退セレモニーで胴上げされる小松。コーチとして第二の人生を歩む
Photo By スポニチ

 胸の内に、しこりのように残っていた数年来の思いが確信に変わった。未練はあったが、10年間支えてくれたオリックスに貢献できない状態が小松の引き際を悟らせた。

 「このプレーが、というので決めたわけじゃなくて、毎年“これが最後の登板”という気持ちで投げてきたから。今年が、その区切り。ぎゅっと詰まった10年だった」

 26歳でプロ入りし、08年に15勝3敗で新人王を獲得。09年にはWBC日本代表として連覇に貢献した。将来を嘱望されたはずのプロ生活は苦難の連続だった。WBC後、自身初の開幕投手を務めた09年4月3日のソフトバンク戦で5回7失点。「こんなはずでは」と思うほど歯車は狂った。わずか1勝で終えた。

 「結果に焦った部分があった。“力投派”なのに気持ちの部分を扱うことができなかった」

 先発と救援を何度も配置転換しながら、10年8月には右肋骨を疲労骨折。再起を懸けて14年オフに右肘の遊離軟骨除去手術を敢行したが、140キロ台中盤だった球速は10キロ以上も落ちた。福島県出身。11年の東日本大震災後、故郷に勇気を届けようと奮闘した。「2軍が長いと、先発という信念を折り曲げてでも1軍にって思うでしょう」。ローテーション復帰を断念した唯一の後悔を抱きながら、現役生活に終止符を打つことを決めた。

 困難に真っ向からぶつかり続けた野球人生を物語るのが、引退登板の9月29日楽天戦。4年ぶりの先発登板に高ぶった。島内に投じた初球は「自分の生命線」と言う渾身(こんしん)のアウトロー。5球目、高め135キロ直球は右前にはじき返された。「逆に空振り取れたら、“本気だったのかな?”って疑ったかもしれないから、良かったよね」

 2軍投手コーチに就任。対話重視の育成方針を定め、連日、日が暮れるまで選手に寄り添う。野球漬けだった10年間と生活リズムはさほど変わらない。3児の父。「家族サービスはもうちょっと。選手に納得いくまで練習してほしいから」。もう少し「力投派スタイル」を押し通す。 (湯澤 涼)

 ◆小松 聖(こまつ・さとし)1981年(昭56)10月29日生まれ、福島県出身の35歳。勿来工―国士舘大―JR九州を経て、06年の大学生・社会人ドラフト希望枠でオリックス入団。2年目の08年に15勝で新人王獲得。09年には日本代表でWBC出場のほか、開幕投手も務めた。1メートル80、80キロ。右投げ右打ち。

続きを表示

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2016年12月9日のニュース