記憶に残る左の顔と記録に残る右の顔

[ 2016年11月3日 09:10 ]

1977年の王選手の756号本塁打と日本シリーズ第5戦での西川選手のサヨナラ満塁弾。この2つの写真、似てますね

 【長久保豊の撮ってもいい?話】ある女優さんのインタビュー撮影。冒頭に「左の顔を撮って下さい」と注文が来た。どこから見ても美しいのにはかわりないのだが、なるほど右の顔は別人とまでは言わないものの読者がイメージする彼女の顔とは違ってしまう。

 「左の顔」の注文は彼女に限ったことではない。というより「右の顔」を注文されたことがない。女優という言葉の頭に「大」の字が付くようになるとこの傾向は顕著だ。「撮らされる」のもしゃくに障るので違うアングルの写真を狙ってみるがファインダーの中は違和感でいっぱいになる。

 人間の顔は左右対称ではない。一般に左の顔は本音の顔、右の顔はよそ行き顔と言われる。左の顔の表情を作っているのが、感情をつかさどっている右脳であるからというのが理由らしい。

 なるほど左の顔は感情表現が豊かで温かい、左の顔は機械的な冷たさを感じてしまうことが多いもの。

 「記憶に残る選手と記録に残る選手」

 プロ野球に話を移せばこんな言葉を聞いたことがあると思う。前者の代表が長嶋茂雄なら後者の代表が王貞治。長嶋さんが記録を残さなかったかと言えばそうではなく、王さんの756号(両手を上げた王さんの後ろで張本さんが斜めにジャンプしているシーン)は我々の世代には共通した記憶だ。

 2人の大きな違いは右打者と左打者ということ。三塁手と一塁手であったということ。当時のテレビはネット裏、もしくは三塁と本塁を結ぶ線上のスタンドからの中継が主流で打席の王さんの顔はほとんど見えない。新聞各紙のカメラマンは一塁側から撮るのが常道でやはり王さんの右の顔しか見えない。長嶋さんが強烈な記憶を残したのは守備でも打撃でも感情があふれる左の顔をレンズにさらしていたからかもしれない。

 「燃える右打者、冷徹な左打者」

 テレビの野球中継はセンターカメラが導入されて40年近い歳月になる。当初は捕手のサインが盗まれる等の危惧もあり反対意見もあったようだが、現代ではそれが当たり前だ。

 この間、球界には幾多の記憶に残る選手、記録に残る選手が誕生した。あえて例は挙げないが、前者では右打者が圧倒的(個人的な感想です)。

 センターカメラでは右打者は燃えるような感情をあからさまにする左の顔を、左打者は冷静な右の顔をお茶の間にさらす。ファンは人間味のある左の顔を見せる右打者を記憶に焼き付けたのではないかと推測する。

 日本シリーズも終わり、話題は早くも来季に向かう。中心は165キロのあの人だろう。彼の投げる試合は昔のようにネット裏からの中継にしてもよいのかもしれない。彼の燃える左の顔を記憶に焼き付けたいからだ。(編集委員)

 ◆長久保豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれの54歳。今季は7日連続写真ボツという記録を更新したカメラマン。

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2016年11月3日のニュース