20勝を挙げた「怪物」が沢村賞に選ばれなかった35年前の衝撃

[ 2016年10月27日 14:50 ]

大洋を3安打13奪三振で完封し20勝を達成した巨人先発の江川
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 【永瀬郷太郎のGOOD LUCK!】2016年度の沢村賞にクリス・ジョンソン(広島)が選出された。飛び抜けた成績は残していない。15勝は野村祐輔(広島)の16勝に次ぐ2位、防御率2・15も2・01の菅野智之(巨人)に次ぐ2位、奪三振141は5位…。主要タイトルなしの選出は1981年の西本聖(巨人)以来という。

 その35年前。大きな衝撃が走った。セ・リーグの投手だけが対象だった時代。誰が見ても「文句なし」の成績を残した投手がいた。江川卓(巨人)である。31試合に登板して240回1/3を投げ、20勝6敗、勝率・769、24完投(7完封)、221奪三振、防御率2・29。選考基準となっている登板25試合以上、完投10試合以上、15勝以上、勝率6割以上、投球回数200回以上、奪三振150以上、防御率2・50以下の7項目を全てクリアしていた。しかも最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の4冠である。

 一方の西本は34試合に登板して257回2/3を投げ、18勝12敗、勝率・600、14完投(3完封)、126奪三振、防御率2・58。奪三振と防御率は基準を下回り、タイトルも獲っていない。

 こんなに歴然とした差がありながら、西本が選ばれたのは当時の選考方法が関係している。同賞を制定した読売新聞社は選考を東京運動記者クラブ部長会に委嘱していた。この年10月14日、東京・有楽町の数寄屋橋ニュートーキョーで開かれた選考会には加盟44社のうち31社の運動部長が出席。成績以前に江川の「人間性」を問う声が噴出した。

 江川は1978年11月、ドラフト前日の「空白の一日」を突いて巨人と電撃契約した。これを「無効」とされて巨人はドラフト会議をボイコットし、江川の交渉権は阪神が獲得。巨人が新リーグ結成をちらつかせて江川との契約の正当性を主張する中、金子鋭コミッショナーが「強い要望」を出し、江川はいったん阪神と契約した上で小林繁との交換トレードで巨人入りを果たした。

 世間を敵に回した「江川事件」からまだ3年しかたっていない。取材現場で江川のひょうきんな一面に接した担当記者の意識はかなり変わっていたが、大半の部長の頭には「ダーティー」「ごり押し」のイメージがこびりついたままだった。選考会は最終的に無記名投票を行い、西本16票、江川13票、白票2票。3票差で西本を選出するのである。

 日本シリーズに向けた練習終了後、多摩川グラウンドで記者会見を予定していた江川は憮然として「取った人に聞いて下さいよ。僕には関係ないでしょ。コメントを求める方がおかしいよ。同じチームの西本が取ったのだからいいじゃないですか」と言い残し、愛車BMWに乗り込んだ。

 各方面から強い批判を受けた部長会は沢村賞の選考を辞退。翌1982年から金田正一、村山実両氏ら元投手をメンバーとする選考委員会で選ぶことになった。ちなみに今年の選考委員は堀内恒夫委員長以下、平松政次、村田兆治、北別府学、山田久志の各氏。今回は「該当者なし」という意見も出たらしい。

 確かに「先発完投型」の投手に与えられる賞としては寂しい成績。ジョンソンは選考基準7項目のうち完投数(3)、投球回数(180回1/3)奪三振数(141)の3項目を満たしていない。

 投手の分業化が進んで完投が激減している今。堀内委員長は「来年から少し規定なり基準を見直す」と話している。今年、両リーグで一人も到達しなかった完投数と投球回数の見直しは必至だが、間違っても「人間性」は入らないと思う。(特別編集委員)

 ◆永瀬 郷太郎(ながせ・ごうたろう)1955年、岡山市生まれ。早大卒。東京の予備校に通っていた74年10月、冬期講習申し込みの列を離れて後楽園球場に走り、長嶋茂雄最後の雄姿に涙する。82年の巨人を皮切りにもっぱら野球担当。還暦を過ぎ、学生時代の仲間と「バンドやろうぜ」で盛り上がっている。

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