黒田 意地の大谷斬り直後に負傷降板「改めて凄い…やっぱりいい打者」

[ 2016年10月26日 05:34 ]

SMBC日本シリーズ第3戦 ( 2016年10月25日    札幌D )

<日・広>6回1死、大谷を左飛に打ち取るもうつむく黒田
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 壮絶な結末だった。20年間にわたり「この1球が最後になってもいい」という覚悟で投げ続けてきた男らしい。広島・黒田にアクシデントが起きたのは、2―1の6回だ。

 「あの回から(違和感が)あった。今までない感じだった」

 先頭・近藤を打席に迎えた時点で右ふくらはぎを気にし始め、大谷を3度目の対決で左飛に仕留めた直後につった。ベンチで治療し、一度はマウンドに戻って3球を投じた。だが、続投不可能と自ら判断。日本ハムのファンからも拍手が湧き起こる中、無念の降板となった。

 「裏に戻ってテーピングを張ったけど、ふくらはぎだけじゃなく、両ハムストリングが張りだした。無理してチームに迷惑をかけられない。自分の判断で(降板を)言わせてもらった」

 勝てば32年ぶりの日本一に王手をかける第3戦。現役生活最後、野球人生の集大成となるかもしれないマウンドで、黒田は日米球界のトップに君臨した価値を、投球で存分に示した。とりわけ、大谷との初対決では敵地が大きく沸いた。

 「この前(第1戦)に投球を見て、今日の打撃を見ると、改めて凄いと思った。簡単には抑えられない。やっぱりいい打者だった」

 初回、1死一塁から三塁線突破の二塁打を打たれ、中田の遊ゴロで先制点を許した。4回先頭でも右中間二塁打を浴びた。しかし、脚に異変を感じながらも最後は左飛に打ち取ったのは、黒田の意地だった。両サイドを突く投球術で、5回2/3を4安打1失点。最後の大舞台でも41歳の真骨頂を見せつけた。

 日本シリーズ4日前に現役引退を電撃発表。「最後は真剣勝負で終わりたいと思った。そういうマウンドに立てたことは幸せだった」。42歳8カ月で勝った50年の若林忠志(毎日)に次ぐ年長勝利とはならなかったが、引き際の美学を示す球史に残る登板となった。

 「可能性がある限り、チームの力になりたい。ここまで来たら、打者1人でも力になりたいという気持ち。準備したい」

 広島が生んだ不世出の大投手。男気あふれる黒田博樹の勇姿はこれが見納めとなるのか。 (江尾 卓也)

 ≪66年ぶり2人目≫41歳8カ月の黒田(広)がシリーズ初登板。40代投手の登板は13年斎藤(楽)以来6人目で、40代で初登板は50年若林(毎日)に次ぎ66年ぶり2人目。また黒田は今季限りの引退を表明。その年に引退する投手がシリーズに先発登板したのは69年第2戦の金田(巨)、87年第3戦の江川(巨)に次ぎ3人目。

 ≪父子シリーズ3組目≫黒田は父・一博が51~53年に南海外野手として17試合に出場。父子シリーズ出場は51~53、55年堀井数男と73年和人(ともに南海)、82年堂上照と07、10、11年剛裕、10、11年直倫(いずれも中日)に次ぎ3組目。

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