野球という仕事 赤間謙が伝える東北人の強靱な精神と誇り

[ 2016年10月2日 10:00 ]

オリックスの赤間

 【君島圭介のスポーツと人間】福島の実家に帰省したときのこと。JR郡山駅から乗った東北本線が突然停車した。前の電車の車体トラブルが原因。午後9時を過ぎていた。車内は満席で立っている客もいる。野球部の練習帰りだろう丸刈りの高校生もいた。

 ようやく動き出したのは約1時間後。その間、車内は静かだった。不満を漏らす声もなく、車掌に詰め寄る客もいない。11年3月の東日本大震災で避難所を取材した外国人記者が「被災者は愚痴をこぼすどころか『ごはんは食べたか』と我々の健康まで気遣ってくれた」と世界に打電した廉潔な東北人気質。電車が駅に着くと、客は黙って改札を抜けていく。「トイレ、トイレ!」と駆け出した女子高生がいなければ1時間の遅延などなかったかのようだ。

 オリックスの赤間謙にその話をすると「僕も黙って音楽でも聴いていたでしょうね」と笑った。福島県双葉郡楢葉町の出身。1年目の今季は中継ぎを中心に登板を重ねた。リードされた場面の出番が多い。それは想像を超える激務だ。相手打線が勢いづいている渦中に飛び込んで試合を作り直さないといけない。勝ちパターンを担う投手と違って登板のタイミングも投球イニングも定まらない。赤間も4イニングのロングリリーフを2度こなしている。

 9月4日の日本ハム戦(ほっと神戸)が印象深い。オリックスが7回に6点差を追いついた。展開も荒れたが天候も荒れた。延長12回に入るとスコアボードもかすむ大雨になった。その状況で登板した赤間は先頭の杉谷をニゴロに斬り、チェンジアップで芯を外して大谷のバットをへし折った。「とにかく打者に集中した」。大谷を遊直に仕留め、中田も三ゴロに打ち取った。その裏、オリックスの無死一塁の好機で審判が試合続行は不可能と判断。結局コールドゲームが宣告された。

 自分は過酷な状況で投げ切り、勝てばプロ初勝利だったが「あの雨じゃ続けられないですよ」と審判の判断を支持。それも赤間らしいが、それ以上に印象的なのは中田との対戦中にロージンバッグが湿って使えなくなった場面だ。新しいロージンを持ってきたボールボーイに赤間は律義に頭を下げ、お礼を言ったのだ。それを指摘すると「え?普通じゃないですか」と言う。何かが胸を貫いた。そうだ、普通なのだ。赤間は普通のことを普通にしただけなのだ。

 あの日、立ち往生した車内で平静を保った乗客も記者の食事を心配した避難所の被災者も普通の行動を取っただけ。赤間の実家は東京電力福島第一原発の事故で警戒区域に指定された。家族は今も避難生活を続ける。故郷を失ったが、赤間は普通のことを普通と言い切れる。普通のことを特別と感じた私は、あの日の車内でいら立ち、舌打ちを連発した。赤間の姿勢は自分の中で消えつつある東北人気質を思い出させてくれた。(専門委員、敬称略)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

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